ほめ言葉は、社会生活の“潤滑油”


そのうち、ほめ言葉のやりとりは、アメリカ式コミュニケーションではあいさつ替わり、世間話の一つのようなものだと気がつきました。日常的にごく自然にやりとりされるもので、そのことで、コミュニケーションがスムーズになっていきます。

のちに、大学院に通い出して読んだ言語学の本に、ささやかなほめ言葉は“social lubricant” (社会的潤滑油)としての機能があると説明されていて、「なるほど」と思いました。社会の中のいろいろなやりとりの潤滑油として、社会生活に欠かせないものであり、ほめることで、人間関係が円滑に回ることにつながっていくのです。

 

さらにほめ言葉は、相手に自信を与え、その力を伸ばすことにつながります。私自身もアメリカ生活の中で、何度となく「ほめられ」たことで助けられ、支えられてきました。たとえば私の場合、大学院に通い始めた当初は授業のディスカッションになかなか参加できず、ネイティブの学生よりはるかに劣る自分の英語力に引け目を感じ、劣等感に苛まれていました。

 

そんな私が決して流暢とは言えない英語で述べた意見に対し、先生は「素晴らしい」とほめてくれ、ノンネイティブだからこその私の発想に、高い評価をしてくれたのです。そのほめ言葉で私は自信を取り戻し、大学院の勉強を何とか乗り切ることができました。

他の人と比較せず、その人特有の良さ、個性をほめることが、アメリカ人は特にすぐれているように思います。おおげさに言えば、「誰にでも『ほめる』材料がある」という考え方をしているようにも見え、それを見つけ出す柔軟性や、ポジティブな視点が豊かなのです。


ここで皆さんに紹介したい言葉があります。“feeling of importance”です。

「重要感」と訳されますが、これは“人間関係のバイブル”として世界中で読み継がれてきた『人を動かす』の著者、デール・カーネギーが愛用している言葉です。カーネギーによると、人間は誰でも“desire to be important”(重要になりたいという願い)という根本的な望みがあり、それが満たされたときに持てるのが「重要感」です。

そして、この「重要感」を持ってもらうのに、効力を発揮するのが「ほめる」ことです。さらに、「ほめる」ことは、それほど難しいことではなくて、ポジティブな目線さえあれば、簡単です。その人の良いところ、他の人とは違うところ、今までと比べて少しでも良くなっていることに気がついて、それを伝えてあげることなのです。そしてほめることは相手を受け入れること、相手を認めることでもあるのです。
 

『英語で学ぶ カーネギー「人の動かし方」』

木村和美 著 講談社 ¥860(税別)

デール・カーネギー『人を動かす』から、公私ともども役立つ人間関係の極意を原文と日本語でわかりやすく解説。また、それにまつわる古今東西のエピソードなども紹介します。また紹介した英文には全訳がつき、主だった語句には意味もついているので、辞書なしでカーネギーの主張がわかる構成に。世界的名著を英語で楽しみつつ、「まわりの人に気持ちよく動いて」もらい、「自分も動きやすく」なるヒントが摑めます。

木村 和美  Kazumi Kimura
早稲田大学、中央大学非常勤講師。英語コミュニケーション研究家。NHK文化センター・英会話講師。上智大学外国語学部英語学科卒業後、三菱総合研究所に勤務し、日本語学校教師などを経て1988年に渡米。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)応用言語学部で英語教育学の修士号を取得後、サンタモニカカレッジなどで日本語を教える。1996年に帰国後は、東京外国語大学、慶應義塾大学、東京女子大学などで英語や第二言語習得、コミュニケーション、リスニングなどを教える。アメリカ生活で経験した英語の文化や価値観に基づくコミュニケーション術「ポジティブ・イングリッシュ」を提唱し、英語のほめ言葉が持つパワーを日本人に紹介している。著書に『ポジティブ・イングリッシュのすすめ』(朝日新書)など。

文/木村和美
 
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