医学の世界は日進月歩。世界中で研究が行われているがん治療も、例外ではありません。しかし、私たちの身の回りにあふれる“乳がん”の情報が本当に新しく、正しいものかどうかを判断するのは、至難の技だといえます。家族や親戚、身近な人に乳がん経験者がいればなおのこと、その体験談が何年も前のものであっても、鵜呑みにしてしまいがちではないでしょうか。そこで今回は、20年以上にわたって乳がんを専門とする乳腺専門医の緒方晴樹先生に、気になる治療の後遺症、再発・転移の可能性について、日本の乳がん治療の現在地からお話を伺います。

 


前回記事
「マンモグラフィとエコー、片方じゃダメな理由と病院選びのポイント【乳がん検診】」>>


1. 手術と抗がん剤、それぞれの副作用や後遺症は?
→手術による後遺症は以前より減少。ホルモン治療は子宮に影響が。


乳がんの治療は、手術と薬物療法の様々な組み合わせで行われるため、後遺症も患者さんによってまちまちです。まずはじめに、必ず後遺症が起きるわけではないことをお伝えしておかなければいけません。異なる部分は大きいですが、ここでは主だったものをご紹介します。
まず、【手術】には基本として3つの方法があり、それぞれの後遺症は次の通りです。

「乳房温存手術」「乳房切除術(全摘)」
がんができた方の乳房に対して、部分的に切除する乳房温存手術と、すべて切除する乳房切除術(全摘)は、乳がんの標準的な手術です。以前は、乳房切除術では大胸筋などの筋肉部分まで切除することがありましたが、今はほぼ全例、筋肉を残して手術を行います。なので、術後に腕が動かしづらくなることもないですし、後遺症も基本的にはないと言っていいでしょう。ただし、乳房切除後疼痛症候群といって、ごく一部の患者さんに、長い年月創部が痛み続ける方がいます。残念ながら、原因がはっきりわかっていません。

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「センチネルリンパ節生検」「腋窩リンパ節郭清(えきかりんぱせつかくせい)」
腋窩リンパ節郭清は、わきの下のリンパ節に転移したがんを周辺組織ごと取り除く手術です。術後は腕が上げづらくなったり、腕がむくむ、しびれるなどの「リンパ浮腫」という後遺症が現れて、患者さんの生活の質を低下させてしまう可能性があります。そのため、この手術を行わないように判断するための手術は、リンパ節への転移の有無を調べる「センチネルリンパ節生検」の結果を見て慎重に判断することが重要です。

センチネルリンパ節生検とは、乳房温存手術・乳房切除術とセットで行われる手術のこと。検査の結果次第で、転移が認められても腋窩リンパ節郭清を省略できる場合もあり、その見極めのためにセンチネルリンパ節生検は欠かせないものとなっています。センチネルリンパ節生検は日本では25年ほど前から行われ始めた治療法なので、身内に昔、乳がんの手術をしたことがあるという方がいても、ご存知ないかもしれません。

【薬物療法】では、治療法によって用いる薬が異なり、後遺症にも以下のような違いがあります。

「抗がん剤治療」
抗がん剤治療では「タキサン系」といわれる薬剤を使用することが多く、副作用として「手や足のしびれ」が出ることがあります。時間の経過と共に徐々によくなる方もいれば、残念ながら改善がみられず、ある程度症状が残ってしまう方もいます。対策として、特殊な手袋などで冷却しながら治療を受けるとしびれが軽くなることが分かっています。

「ホルモン療法」
正確には、乳がんを育てる女性ホルモンであるエストロゲンの働きを抑える「抗ホルモン療法」になるのですが、一般的には「ホルモン療法」と言われることが多いです。代表選手の「タモキシフェン」という薬剤は、年齢に関係なく「更年期障害」の症状が現れることがあります。タモキシフェンは子宮にも働きかけるため、子宮筋腫や子宮内膜症を進めたり、子宮体がんにつながる可能性もごくわずかながらあります。ですので、タモキシフェンの治療を行う患者さんは、婦人科でしっかり定期検診を受けることも乳がん治療の一環と言えますね。

患者さんにとって副作用や後遺症は非常につらいものですが、かかってしまったら5年、10年と長いお付き合いになるのが乳がんです。治療は今あるがんへの対処だけでなく、「再発を防ぐ」ことも大きな目的ですから、副作用がつらくても中断せず、リハビリを行なったり、担当の医師に相談するなどして、上手に折り合いをつけていくことが大切です。

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