それぞれの夫婦や家庭の中で起こっていることは、ささいな会話の積み重ねの結果によるものだったり、時には決定的に大きな出来事であったりとさまざまです。いずれにせよ、ASDの夫と妻の気持ちが根本的なところから大きくすれ違っていて、日常生活における多くの場面で妻は傷ついているわけです。

特に夫が妻を攻撃する時の言葉は、まるで鋭いナイフのようで、反論できないまま妻の心に突き刺さっていくので注意が必要です。それに加えて、そのことを妻が周囲に話しても誰も理解してくれなかったという経験が重なり、どんどん追いつめられていくのです。

 

カウンセリングに訪れてくる妻の中には、夫がどんなにひどい言葉で自分を傷つけているかを認めさせるとともに、「言葉遣いや生活態度を改めさせてほしい」と依頼してくる人がいます。さらに、夫に対して医師の私から、「直接反論や反撃をしてほしい」と依頼してくる人もいます。

プライドや世間体もある中で、医師や専門家を頼らざるを得なくなったそれまでの苦しさを思うと、彼女たちの気持ちに共感し、理解することがなにより大切だと思っています。

 

しかしながら、ASDの夫に反論や反撃を加えたところで、解決の糸口にはなりえません。

カサンドラ症候群は、「誰が悪い」と特定できるものではなく、また、ASDの特性を持っていること自体が悪いわけではないからです。特性に気づかない人、自覚しない人が悪いわけでもありません。また、特性に対応できない人が悪いわけでもないのです。

カサンドラ症候群の妻にとってまず大事なことは、「ASDの夫と生活して困難を抱えているのは、自分だけではなかった」「周囲に理解してくれる人がいてよかった」「苦しいのは自分だけではなかった」と安心することだということを夫も理解しておきましょう。そこから、夫婦の関係改善の次のステップにようやく進むことができるのです。

 

著者プロフィール
宮尾益知(みやお・ますとも)さん:
東京都生まれ。徳島大学医学部卒業後、東京大学医学部小児科学教室、自治医科大学小児科学教室、ハーバード大学神経科、国立成育医療研究センターこころの診療部発達心理科などを経て、2014年に「どんぐり発達クリニック」を開院。専門は発達行動小児科学、小児精神神経学、神経生理学。発達障害の臨床経験が豊富。近著に『子どもの面倒を見ない。お母さんとの会話が少ない お父さんが発達障害とわかったら読む本』『発達障害の悩みに答える一問一答』(以上、河出書房新社)などがある。

『発達障害と人間関係 カサンドラ症候群にならないために』
著者:宮尾益知 講談社 946円(税込)

ASDのパートナーと情緒的な相互関係が築けないために生じる、心身の不調「カサンドラ症候群」。発達障害専門医師でもある著者が、カウンセリングなどを通してわかったASDをもつパートナーの特徴、そしてカサンドラ症候群の実情について、丁寧に紐解いていきます。夫婦、家庭、職場など、様々な事例を通して、相互理解への解決の糸口を探る一冊です。


構成/金澤英恵

 


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