社会人になると、とりわけ「話す」「説明する」能力を高めることに重きを置きがちです。場の空気に流されず自分の意見をはっきり述べること、相手を遮ってでも意義があれば反論する勇気を持つこと――。筆者も、黙って話を聞いているだけではこの社会で生き残れない、そんな焦燥感を感じているひとりです。

「私たちは、会話についていくより、話題を提供して場を仕切るようしつけられてきました。ネット上でも直接会ったときでも、自分を印象づけ、ストーリーをつくりあげ、伝えたいことをぶれさせないことが肝要だ、と。自分が何を吸収するかではなく、何を伝えるかが大切だとされているのです」
そう伝えるのは、アメリカのジャーナリスト、ケイト・マーフィさんの著書『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』。この言葉に筆者は大きく頷くと同時に、私たちには「聴くこと」を教えてくれる場がなかった、というケイト・マーフィさんの指摘にも思わずハッとしました。

「人の話に耳を傾けることは、話すことよりもずっと大切なこと」だと位置づける本書には、これまで学べる機会が少なかった、人生を豊かにする「聴く力」を高めるためのヒントが満載です。そこで今回は、夫婦関係の溝を埋める「聴く力」について、特別に一部抜粋してご紹介します。

 

夫婦仲が悪くなるのは「思いこみ」があるから


「ちゃんと話を聞いて!」
「最後まで言わせて!」
「私、そんなこと言っていない!」

 

親しい間柄で「大好き」の次によく交わされる言葉ですね。
見知らぬ人の話よりも、愛する家族の話の方がちゃんと聞けるものだと思うでしょう? 実は、逆であることが多いのです。

この現象を嫌というほど知っている人といえば、心理学者のジュディス・コシェではないでしょうか。彼女は、カップル向けのグループ・セラピーの権威として広く知られ、一見して復縁は望み薄そうな夫婦を何組も救ってきました。その様子は、ローリー・エイブラハムの著書『The Husband and Wives Club(夫婦クラブ)』に詳しく記されています。

私はある晩、フィラデルフィアの中心部にある彼女のオフィスを尋ねました。
さきまでグループ・セッションが行われていたのでしょう。クッションはよじれて散らばっており、参加していたカップルたちの温もりが、ソファと椅子にまだ残っていました。

私がコシェに会いに来たのは、人はなぜパートナーに話を聞いてもらえないとか、理解されていないと感じるのかを探るためでした。

コシェの答えはかなりシンプルで、つきあいが長くなると、互いに相手への好奇心を失いがちだから、というものでした。必ずしも思いやりがないからではなく、単に相手を知っていると思いこんでいるのです。耳を傾けないのは、相手が何を言うか自分にはもうわかっていると思うからです。

コシェは、たとえば配偶者への質問に自分が答えてしまう人や、配偶者の代わりに何かを決めてしまう人の例を挙げていました。

また、的外れなプレゼントをあげてしまい、相手をがっかりさせたり傷つけたりするのもありがちです。

同じように、親も、子どもが何を好きで何を嫌いか、何をしたくて何をしたくないか、わかっていると思いこみがちです。

実は私たちの誰もが、愛する人に関しては思いこみをする傾向にあります。これは「近接コミュニケーション・バイアス」と呼ばれています。

親密であることやお互いを深く知っていることはすばらしいのですが、そのため自己満足してしまい、自分にもっとも近い人たちの気持ちを読みとる能力を過信するという間違いを犯してしまうのです。