「ムカつく悪役パート」を一手に引き受けるイ・スンギ


これでもかこれでもかの逆風の中で、それでも笑顔で前に進み続けるウンソンは、誰からも愛されるキャラクターです。アホみたいな大きなリボンをつけて、お婆ちゃんたちに混じって路上で全然売れない手作り餃子を売るエピソードなんて、字面で読むとマッチ売りの少女かと思いますが、「ま、初日だし!」とまったくメゲません。まさにハン・ヒョジュ持ち前の明るさです。そんな彼女を好きになり影に日向に助ける王子様的存在が、チンソンの重役の息子ジュンセ(ペ・スビン『恋慕』)。

対して、そんな彼女の何もかもが気に入らないファンは、前半の「ムカつく悪役パート」を一手に引き受けています。そういう役を演じても「本気で憎い」悪役にならないのが、イ・スンギが「国民の弟」と言われる所以。「生意気な年下男子」という感じで、いじわるしても、怒鳴っても、怖い顔しても、「はいはい、わかったわかった」という気持ちになってしまうんですね。「お姉さん(ヌナ)は僕の女だから」と歌うデビュー曲で一斉を風靡した歌手なので、その影響があるのかもしれません。


韓ドラのラブコメ好きが「待ってました!」と言わずにおれない不器用男子


ともあれこういう最悪の出会いから始まるラブコメが最も面白いもの。世代がバレバレですが、私がファンを見て思い出すのは『キャンディ・キャンディ』のニールです。ニールと違うファンの可愛いさは、恋することで人生のすべてに素直になり、どんどん大人になっていくところ。ジュンセほどスマートに優しくはできないけど一生懸命で、例えば眠っているウンソンが日差しで目を覚まさぬよう影を作ったりーーと、これがこの手の不器用男子を表す「韓ドラ」の記号的な愛情表現なのです。本作はこうした、韓ドラのラブコメ好きが「待ってました!」と言わずにおれないお約束の表現も満載です。

『華麗なる遺産』©SBS/U-NEXTにて配信中

二人が心を通わせた後の後半は、四角関係のもう一人、高校時代からずっとファンのことを愛し続けているスンミ(ムン・チェウォン『グッド・ドクター』)が存在感を増してゆきます。実はスンミは、ウンソンの義母ソンヒの連れ子で、母がウンソンにした悪事のすべてを知っています。葛藤しながらも本当のことが言えないのは、スンミがファンを諦めらめられないから。ソンヒはチルソンを手に入れるためにスンミをファンと結婚させるため、ウンソンを排除しようとしているのです。「スンミのため」と悪辣さを増してゆく母親に、「もうやめて」と泣くスンミの姿は、このドラマで最も切ない場面です。

 


全30話、中だるみなく魅せる脚本の巧みさ


何しろ脚本が上手い作品です。もちろんネタバレ故にここに書いていない秘密もあります。ドラマはそうした秘密を視聴者のみに伝え、あと一歩! というところで登場人物には気づかせず、視聴者を引っ張り続けます。ニアミスとすれ違いに思わず「ああっ!」と声を上げてしまう場面もあるに違いありません。全30話の週末ドラマなのですが、長さは全く感じません。サスペンスとラブライン、笑いと泣きで中だるみもなく、見終わった後もスッキリ爽快。ちなみにドラマに出てくる外食産業「チンソン」は、実在のチェーン店「神仙ソルロンタン」が舞台になっています。食べたくなること請け合いです。

<新刊紹介>
『大人もハマる!韓国ドラマ 推しの50本』

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ハマる人続出! 社会派サスペンス、壮大な歴史スペクタクル、アクション、スリラー…
近年、質量ともに世界を席巻している韓国ドラマ。恋愛やイケメンだけではない、大人が見る価値のある厳選50作をドラマ通が熱く紹介。

目次 
はじめに 
序章 韓国ドラマはなぜブームになったのか? 
1章 ドラマティックな韓ドラの真髄! 涙と笑いの激アツ時代劇ドラマ 
2章 古い常識をぶっとばす、新時代のヒーローたちの痛快エンタメドラマ 
3章 女性の強さとともに弱さも肯定する、いまの時代のフェミニズム系ドラマ 
4章 バスタオルを用意したほうがいい、100万人の号泣ドラマ 
5章 人間の複雑な本質をえぐる、極上のサスペンスドラマ 
6章 悪人のいない世界を描き続ける、韓ドラNO.1のスターPD シン・ウォンホ作品 
7章 韓国ドラマの新しい世界が開ける、「推しの脚本家」探し 
8章 顔がいいだけじゃない! 推しのイケメン出演作 
9章 いま観ても面白い、いま観るから面白い伝説の大ヒットドラマ 
10章 100万人が泣けて笑える、お茶の間にぴったりのKBS週末ドラマ


取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)


第2回「理不尽な男社会vs.女の闘いにしない『ミスティ〜愛の真実〜』が描く、本当の敵とは」>>
 

 
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