昨年は、画期的な出来事がもう一つありました。医師養成課程を持つ大学の医学部入試の合格率で、ついに女性が男性を上回ったのです。2018年に発覚した東京医大などの医大入試の点数操作事件。「女性医師はどうせ働き続けられないから」などの理由で、長年にわたって女性の受験生の得点を減点し、合格しにくくしていたことが発覚しました。その後、毎年の合格者の男女比が公開されるようになり、2021年度の受験者総数に占める合格者総数は、男性13.51%、女性13.60%。しかも女性の方が男性よりも合格率が低い大学は、前年度の67%から44%に減少しています。入試がフェアになったのなら、医師たちがジェンダーに関わらず長く働き続けられるような職場にすることが急務です。

実は私、数学は壊滅的に出来ないのですが、生物や地学の勉強は大好きでした。高校生の時には、大学で生物学を学びたいなあ、何か生命に関連する仕事に就きたいなと思ったこともありました。でも、すぐにこう考えたのです。

「いやいや、きっと勉強しても数学はできるようにならないし、そもそも女子で理系に進めるのは一部の超秀才だけだもんな!」それでも、中高6年間夢中で勉強した生物の知識は今でもとても役に立っています。子どもの健康管理や性教育、パンデミックの情報理解にも、あの頃学んだ知識が欠かせません。熱意を持って教えてくれた母校の女子校の先生方に、心から感謝しています。

2月11日は「科学における女性と女児の国際デー」(International Day of Women and Girls in Science) 。科学分野に進む女性を増やし、学びにアクセスしやすくする取り組みを進めるため、2015年の国連総会で制定されました。今も、「女性は理数系が苦手」とか「女の子が理系を勉強しても将来につながらない」などの周囲の決めつけが、多くの才能とやる気のある女性の翼を折っています。お話にならないくらい数学ができなかった私はともかくとして、理数系が得意で科学に興味があっても「女子だからきっとダメだ」と諦めてしまった女の子たちの中には、きっとたくさんの才能が埋もれていることでしょう。

テクノロジーの発展の促進にあたっては、ジェンダーをはじめとした多様性の反映が欠かせません。AI(人工知能)は「誰が、何のために、何を、どのように学習させるか」がとても重要です。極端に言えば、悪意を持った技術者が、人びとを支配する目的で偏ったデータを意図的に学習させれば、人類の脅威となるようなAIが出来上がるでしょう。また悪意はなくとも、人にはどうしても死角や無意識のバイアスがあるものです。学習材料となるデータには、現在の社会の格差や差別が表れています。AI開発に関わる研究者や技術者の大多数を占めるのは白人男性。ジェンダーや人種などに対する偏見に留意せずに機械にデータを学習させた結果、就職試験にAIを導入したら女性が著しく不利になったとか、画像認識ソフトが黒人女性を正しく認識できなかったなど、今ある偏見や差別がAI によってより増幅されてしまった事例もあります。信頼できるフェアなAIを育てるには、その開発に携わる人たちの多様性と、今ある世界の問題点を把握し、それを改善する方向に技術を生かす視点が不可欠です。

ちなみに、1997年から20年にわたって行われたNASAなどの土星探査計画、カッシーニ・ミッションでは、探査機カッシーニの開発・運用に多くの女性研究者たちが主導的な立場で関わりました。同プロジェクトには17カ国から260人の科学者が参加、なんとそのうちの3分の1が女性だったのです。1988年のプロジェクト立ち上げから関わる中心人物は、ミッション統括科学者・リンダ・スピルカー博士と、探査機運用総責任者・ジュリー・ウェブスター技師長。ミッション遂行とともに、出産・育児と次世代の女性研究者の育成を行なったスピルカー博士は「このミッションを立ち上げたときにはまだ生まれていなかった研究者もいるんですよ。彼女たちこそが私たちの遺産を次世代に引き継いでくれるでしょう」と語っています(胸熱なストーリーの詳細はNHKオンデマンドの『コズミック・フロント☆NEXT「土星探査機カッシーニの遺産」』で見られます)。

私にはその才能と機会はなかったけれど、だからこそ多くの理系女性が日本でも生き生きと学び、働くことができますようにと願わずにはいられません。もしも身近に理系を志す女の子がいたら「いいね!」と心から言ってあげたいです。

注1:アンリ・ポアンカレ賞 数理物理学に大きく貢献した研究者に送られる世界的賞
 


前回記事「受験シーズンに思うこと「子どもは未知の人。信頼して選択を尊重したい」」はこちら>>

 
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