母一人、子一人ということ


「……お弁当は? 塾でいつも通り食べて来られたの?」

成美は努めて平静を保ちながらマミに尋ねた。

「叱られる前だったから。ちゃんと食べた」

「そう。ならよかった、じゃあもう寝なさい。明日話そう」

「……ママ、ごめんなさい。本当にごめんなさい」

マミが、声を詰まらせて、うつむいた。母一人、子一人、どちらかというと対等に近いような親子関係で、ときには親友のように、戦友のように、ふたりでやってきた。成美の矜持をそっくりそのまま身の内に隠し持つ勝気なマミが、これほど全面降伏で謝ったのは初めてのことだった。

「……どうしてカンニングなんか。マミなら、いつも通りできたテストでしょ? 悪い点とったらママが怒ると思ったの?」

「……」

マミは唇を噛みしめ、小さく首を振る。講師がいくら尋ねても、マミはさっきの面談中、最後までカンニングした理由を話さなかった。講師はマミを叱るというよりも、この直前期の精神的なケアが不足しているのでは、と暗に成美に反省を促していた。

「ママが、悲しむと思ったから……」

マミが、絞り出すようにつぶやいた。うつむいて顔は見えないが、しんと冷えたフローリングに涙がぼたぼたぼた、と落ちる音がした。

「マミが、勉強できない子だと……ママが悲しむと思って……」

その短い言葉に込められた娘の重圧。成美は、絶句した。

シングルマザーで、経営者で、「子育てに成功した母」であることが、成美の命題だ。失敗は許されない。弱みを見せないことが重要な人生だった。

その最後の答え合わせを、一番難しいところを、マミに背負わせてしまったことに今更気づく。

 

「ほんとは……時々……答えうつしてたの。覚えきれないところ、消しゴムの紙のとこに書いたりとか……。先生にも一度、警告されたの。それでも私が止めないから、きっと、今日怒ったんだと思う」

 

「どうしてそんな……そんなことしても本番では無意味なのよ!?」

成美が思わず強い口調になると、マミはますます体を縮こまらせた。

「ごめんね、ママ……全然わからない問題が出てくると、怖くて……思い出せない、とかじゃなくて、今さら、もうすぐ入試なのに、全然分かんない問題がでてくるの。あんなに……あんなに勉強したのに……そうしたらもう、あのママが行きたい学校、受からないよね?」