鈍感な夫、器用な妻


そうこうするうち、息子さんは小学生になり、麻里さんは昇進により少し仕事が落ち着きました。

そしてご主人も、卒婚の効果が少なからずあったのか、当初よりも育児を手伝うようになったそう。

「まぁ、小学生になれば育児も楽になりますよね。息子は私が激務なことを夫より理解しているので、早いうちから食事もトイレも自分でできるようになり、寝かしつけも必要なくなりました。そんな息子を見守るくらいは夫もできるようで、残業時などは預けられるようになりました。

『もう1円もいらないから出て行け』と言われて少しは焦ったのかもしれませんね。もちろん夕食などはすべて朝のうちに準備する必要はありますが、頼めば渋々承諾していました」

ならば、少しは夫婦関係は回復するのでは? と思いきや、一度冷えた女性の心が回復するのはほぼ不可能。産後の恨みは一生消えないそうです。

わずかにできた余裕の中で麻里さんが見つけたのは、これまでとは一転、婚外恋愛の楽しみでした。 

 

「この頃、たまたま仕事関係で出会った年上の男性と付き合うようになりました。夫とは正反対の明るくノリの良いタイプで、ただ飲みに行くだけでもすごく楽しかった。男の人と楽しく会話をする、という感覚をすっかり忘れてましたから。かなりストレス解消になりました」

躊躇う様子など一切見せることなく、曇りのない笑顔でサラリとそう告白した麻里さん。罪悪感はもちろんのこと、いやらしさも感じないその口調からは、ある種の覚悟が感じられます。

参考までに、「卒婚」とはあくまで婚姻関係を結んだままなので、法律上は不倫は認められません。けれど麻里さんの場合は、育児も家計も、前提として「夫がいなくても1人で成り立つ」という確固たる自信があり、万一バレたとしても恐れるものは特になかったのでしょう。

そもそも無関心なご主人は、仕事も育児も完璧にこなしながら器用に立ち回る妻の秘密に気づくことはなかったそうです。

「夫のことは、タダで使えるシッターさんと思うようになりました。そのうえ生活費も入れてくれると思えば、むしろラッキーだし有難みも生まれます。そんな風に考えたら、私の夫への指示の仕方も変わり、子どもの面倒やちょっとした家事など、猿でも分かるように説明すれば一応はこなすことがわかりました」

仕事と育児、そして外でのちょっとした息抜き。麻里さんは産後期の煮湯をようやく飲み下したようで、彼女なりにバランスの取れた生活を手に入れました。

「でも……この頃から、息子がやたらと弟を欲しがるようになったんです。たまたま仲良しお友達みんな弟や妹がおり、一人っ子は息子だけだったので、羨ましかったんでしょうね。

大掃除で息子が赤ちゃんの頃の物を断捨離しようとすると、『ママ、これは赤ちゃんのためにとっておいて!』と必死に止められたり。初めの頃は適当に流していたんですが、『赤ちゃんはいつ来るのかなあ』と、無邪気に弟ができることを信じて楽しみにしている息子を見て悩み始めました」

この状況で第二子を作るのは、たしかにかなり悩ましい……と思います。が、彼女の悩みは斜め上を行っていました。

「息子がそこまで弟を欲しがるなら、どうにか産んであげたい。問題は、誰の精子をもらうかでした」