——どんどん若い人が失敗できない世の中になっているのはなぜだと思いますか

柚木:政治でしょうね。次に出る小説の取材で調べているんですが、今のこの世の中って、1930年っていう満州事変の1年前の時代とびっくりするくらい似ているんです。1930年は戦争の足音が聞こえてきて、1年間で自殺者が1000人増えて、大変暗い時代で。若者は露悪的な、ちょっとあえて悪いことをいうみたいな「エログロナンセンス」という流行にハマっていって、格差は広がり、日本は戦争をしたくて仕方ない。軍人が政治を牛耳るようになり、若者は希望を持てなくなり……という時代なんです。流行ったカルチャーやエンターテイメントもですが、調べていくうちに、若者たちが疲弊して、お金を持っている人たちがどんどん戦争に向かっているというのも似ているなと思いました。

作品にも登場するオール・ノットという技法で作られたアコヤパールのネックレスを付けた柚木さん

——四葉さんは真央に、全財産だという宝石箱をプレゼントします。その中の宝石を売れば奨学金を全て返済しても余りあるくらいにはなると四葉は言いますが、実際はそんなに対した金額にはならない。普通の物語だったら宝石箱を換金したら大きなことになりそうなところ、そうならないのがこの物語の面白さでもあります。

 

柚木:困ってる子にお金(になりうる宝石箱)をあげちゃう。でも、それが大して額じゃないっていうのをやりたかったんです。

宝石商の人に取材をしたのですが、例えばおばあちゃんがすごく大事にしていた宝石が「ばったもん」だったってことはしょちゅうあることなんだそうです。鑑定してもらって、意外と安かったと驚愕している人が日本中にいる一方で、見慣れていた真珠が自然環境の変化で価値が出てしまう可能性があるんです。宝石の価値は時代によって全然違うもの。昔は冠婚葬祭があってパーティがあって、宝石は持ってなきゃいけないものだったんですが、今はなくてもまあいける。今後もどんどん変わって、どんなものに価値が生まれるか本当にわからない。

今のお金持ちの人って、白Tとキャップで「パーティとか苦手なんだよねえ」という感じじゃないですか。お金持ちの人も失敗したがらないんです。昔は、金持ちがいっぱい失敗もしながら、ダメな宝石も掴みながら、自分だけのセンスみたいなものを養っていた。すごく内装にお金をかけて、デコラティブにして、ダサかった。でも、これで学んだわ! みたいなことがあり、そこには雇用が生まれていたりしたわけです。

絵画とかもそうなんですけど、よくわからない絵を金持ちが買ったりする。金持ちが景気よく失敗するからこそ、名もないアーティストが有名画家になったりした。でも今は金持ちがバスキアを買う時代なんです。金持ちがバスキア買ったり、金持ちが白T着たりしたら宝石業界は終わりなわけですよ。そんな話を宝石商から力説されたんですね。

写真:Shutterstock

※ホームレス同然の暮らしでストリートの壁に描いたグラフィティアートを見出され、有名アーティストへの道を駆け上り1980年代に活躍した芸術家。ZOZOTOWNの前社長であった前澤優作氏が作品を123億円で購入したことでも話題に。