SNSもある今、アイドルへの期待は人間のキャパシティを超えている面も


ハン:日本でいい歳をした大人がアイドルを愛で、政治や社会を語らなくても楽しく生きていられるのは、あえて言えば日本が“成熟”した社会で、余裕がある証拠だとみなすこともできるかもしれません。韓国は「語らざるを得ない状況」でもあるし、それは市民がたたかって民主化を勝ち取ってきたという歴史もあって、語ることが意味を持つからとも言えるかもしれませんが。

 

少し異なる文脈の話かもしれませんが、最近、スペインのメディアが公開したRMのインタビューの受け答えが話題になっていました。要約すると、「青春と完璧さへの憧れ、そして過度なほどの努力というのは、韓国文化の特徴なのでしょうか?」と質問されたのに対して、RMは「韓国は他国に侵略され、2つに分断された歴史があり、70年前は何も持っていない国だった。それはヨーロッパの人には理解できないことでしょう。今では世界中の注目が韓国に向けられていますが、それは韓国人が常に自分の成長のために頑張って働いてきたからです」といった返答をしていました。良くも悪くも、そういった歴史的背景の違いは、韓国と日本の間にもあるのかなと思います。

小島: “語らざるを得ない”韓国の人々の実感と、かつて韓国を植民地化し、敗戦後にアメリカによって民主化されて経済成長を遂げた日本の人々の感覚とは大きく異なるのですね。ただ、今の日本にはもう余裕がなくなって、過去の栄光に固執するあまり変化と成長が難しくなっているのも事実です。長い停滞の中で、頑張れば報われるという希望が持てなくなっている。

ARMYは、私には「もっと世界を良いものにしよう」という共通認識で前に進んでいるグローバルなファンダムにも見えて、希望を感じます。ポリティカル・コレクトネスやソーシャルグッドなど、解釈の違いによって衝突が生まれそうな問題も、自分たちで議論を交わしながら最善策を探していますよね。そこが本当に素晴らしい。ただ、一方では「アイドルとはいえ生身の人間であるBTSに、ファンが信じる善なる世界のシンボルを背負わせてもいいのだろうか?」という疑問を感じていることも事実です。

 

ハン:これまた複雑なジレンマですね……。

小島:私は以前、当時SMAPのメンバーだった稲垣吾郎さんと仕事でご一緒していたことがあって、ライブを見に行って度肝を抜かれたんです。大きなスタジアムの客席を3世代のファンが埋め尽くしていて、SMAPの5人は莫大な数の人の期待や願望、幻想や幸福を請け負っていることが分かって。もはや自分の意思では降りることができないほど背負っているものが大きいことが推察されて、それは本当に酷なことでもあるなと。でもファンを見ていると、人それぞれ色々しんどいことがある人生に、こんなに心からの笑顔になれる瞬間があるって尊いことだとも思ったんです。だから、今も、BTSを好きでリスペクトする気持ちと、アイドルを自分の理想の依代や生け贄にはしたくない、という思いに引き裂かれているんです。

 

ハン:今はさらにSNSもあるので、日々、数百万〜数千万人規模の圧にさらされている。生身の人間として受け止められるキャパシティを超えているのではないかと思うこともありますし、小島さんが言いたいことはよく分かります。

ただ、それがアイドルのエネルギーの源になっていたりもしますよね。もちろん、あくまで労働環境や見返りがひとりの労働者として、人間として正当で適切なものであるならという前提をつけたいですが、アイドル本人もファンの期待に応えることにやりがいを抱いている一面があるとは思います。

アイドルは人々の欲望を受け止められる選ばれた人だけがなれる職業なのかなと感じることも少なくないし、それがアイドルを輝かせ、その光がファンのエネルギーになる。その意味では共犯関係というか……。だからこそ、矛盾していないかと悩むファンもいるし、ビジネスとしてのクリーンさが気になってきますよね。