気になる乗客


「すみません、伺ってもいいですか?」

フライトが戻ってきてからはてんやわんやだった。

40分後、ほとんどのお客様のご希望を伺い、近隣のホテルに振り分けたところで30歳くらいの男性に話しかけられた。白いシャツに黒いパンツ。手に荷物がなく、フレームの細いメガネをかけている。服装や髪型、視線からどことなく神経質な雰囲気が漂っていた。深夜にトラブルに見舞われたせいだろう、とても、とても疲れて見えた。

「はい! もちろんです」

私は拝聴の姿勢を取る。深夜24時、目的地にもつかないどころか出発空港に戻ってきた挙句に、もはや新幹線などの代替手段もない。お怒りはごもっとも、私たちができることは何でもしなくては。

「僕のぶんのホテルはキャンセルしてください。朝一のフライトへの振替えも無用です。タクシーで戻りたいんですが、いくらか出していただくことは可能ですか?」

「ええ、もちろんです。後日私どもに請求していただけます、申し訳ございません。明日のフライトですが、もしもご希望でしたらば、始発がもう少し早い新幹線にお乗りいただいて、チケット代をご請求いただくことも可能です」

私の言葉に、彼は首を振った。

「いや、それはもう意味がないんです。今夜、行きたかったけど……思い通りにはいかないな」

しかし言葉とは裏腹に、彼の静かな声には明らかに哀しみと落胆の色があった。私は、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。なにか、彼にとって「今夜中に目的地に行かなくてはならない抜き差しならない事情」があったのだ、きっと。

 

「本当に申し訳ありません。……航空券は、払い戻しをさせていただくこともできますし、オープン券としてお持ちいただいて、またあちらにいらっしゃる折には予約を入れてご利用いただくことも可能です」

「払い戻しをお願いします」

彼の声には有無を言わせない、冷たい硬さがあった。

 

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春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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