記憶の混乱


「あの、すみません! 502のツルキです。娘が、ここに戻ってきませんでしたか? 駅ではぐれて、ホテルカードを持っていたから1人で戻ってきたかもしれないんです。今朝、私と一緒に出た12歳の、日本人でピンクのスカートの娘です。名前はRIE」

私はホテルに駆け込んで、一番近くにいたフロントの男性に詰め寄った。背が信じられないほど高くて、今朝ホテルを出たときも彼はここにいたことを覚えている。きっと里恵の姿を見ているはず。

ところが、英語はなんとか通じた様子だったが、彼は怪訝そうに首をかしげる。

「お嬢様は見ていませんが……失礼ですが、ミセスツルキ、お2人でご宿泊のはずです。お嬢様もいらっしゃったのでしょうか」

「え……? そんな、チェックインのとき、4日前からずっと、主人と娘と3人でしたよね? 見ていませんか、背はこのくらい……」

 

フロントの男性は、ますます困ったように口ごもった。

「毎日、日中はここにいますが、お会いした記憶はありません、奥様。チェックインのときにコピーを取らせていただいたパスポートもご夫妻のぶんのみですね。いずれにせよ、私どもは、お嬢様にお会いしたことはこの4日間、一度もありません」

 

私は絶句した。彼は何を言ってるの?

とにかく里恵はここには来ていない。ロビーにもいない。駅を離れて、迷子になっているのかも。

これ以上出ないと思っていた汗が、またどっと湧き出てきた。とにかくもう一度、駅へ……。

「美佳子!」

はっとして振り返ると、そこには会社にいるはずの夫が立っていた。

「洋二さん!! 大変なの、里恵と駅ではぐれて、もう1時間以上経ってるの。ごめんなさい、私のせいなのよ。きっと泣いてるわ、警察か大使館に行けばいいのかしら、あの子お金も持っていないし、きっとお腹もすいて、喉も乾いて」

つぎつぎと恐ろしい想像が湧いてきて、また冷や汗が吹き出す。しかし、洋二さんは悲しそうに首を振るばかり。その様子を見たさっきのフロントのスタッフも、心配そうにこちらに歩いてきた。

「ミスターツルキ、お嬢様が迷子になったと奥様から伺いましたが……」

「いや、いいんです。ご心配をおかけしました。娘のことは忘れてください」

私は英語を聞き間違えたのだろうか。

信じられない思いで洋二さんの顔を見た。娘が行方不明なのに、何を言っているの? 

……そう怒鳴ってやろうとして息を吸い込み、正面から夫の顔を見たとき、私は奇妙な感覚に陥った。

洋二さんは、いつの間にこんなに歳をとったの……?

「美佳子、落ち着いて。里恵は一緒に来ていないよ。……里恵は、もういないんだ。とても残念だけど、僕らの娘は、15年前からいないんだよ」
 

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夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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