人助け


――ん? どうした、こんなところで……? 

そんなふうに泉美のことを考えながら、田んぼの中を運転して、仕事に向かう途中。

1本道の前方に、炎天下に大きなリュックをしょって歩いている若い女性が目に入る。

真っ白なTシャツにグレーのパンツ、白いキャップ。長い髪をポニーテールにしている。ここらの人間は全員知り合いなので、年恰好からして他所から来た人に違いない。

そもそもこのあたりで、この道を闇雲に歩く人なんていない。なんせ駅まで10キロはある。いるのは農作業のひとくらいで、洒落た格好で歩いている彼女はいかにも浮いていた。

 

この暑さ、35度は超えているだろう。ほかに車も通らないから、おれは心配になって減速し、バンの窓を開けた。

 

「あのう、何かお困りじゃないですか。道、わかりますか?」

パッと運転席を見た彼女は、顔が真っ赤で汗だくだ。もしかして、ずっと手前の小さな温泉ホテルから歩いてきたのだろうか? だとしたら30分以上経っているはずだ。

「あ……! ありがとうございます、なんか道、間違えちゃったみたいで。駅に行くバス停を目指してたんですけど……自動販売機ってこのあたりにありますか」

「自販機!? ねえよそんなもん! 顔が真っ赤だよ、駅まで歩いていくのは無茶だよ。乗っていきなよ」

思わず突っ込みを入れてしまった。泉美が、いつも美波が熱中症にならないように必死にケアしていたことを思い出した。

「あ、ありがとうございます……! 日陰もないし、どうしようって……助かります」

彼女は心底助かったというふうに何度も頭を下げながら、助手席におずおずと乗った。冷房を最大出力にして、風を彼女に向けてやる。

「仕事の車で、掃除してなくて悪いね。20分もあればつくから」

「20分!? 駅までそんなに遠いんですか……本当に助かります。私のスマホ、電波なくて。あの、山崎と申します。大学院の研究のために、こちらに来ています」

「へええ、大学院! ここらにそんな研究するほどのものがあるんだね。あ、おれは佐倉です」

小柄な彼女は、ようやく安心したように背中から大きなリュックを下ろして背もたれに身を預けた。おれはまだ開けてなかったペットボトルがあることを思い出し、それを渡す。彼女は恐縮しながらも、ミネラルウォーターを一気飲みした。

熱中症になりかけていたのだろう、シートを倒して涼むようにすすめると、ぐったりと目をつぶった。

――都会の人は無茶するなあ。おれが通りかかってよかったぞ、山崎さん。

助手席に誰かを乗せるのは、泉美以来初めてだ。美波は後部座席のチャイルドシートだから。

山崎さんはまったく何も悪くないのに、不意に、どうしてそこに座っているのが泉美じゃないのか、猛烈に悲しくなってくる。

いつだって助手席で、ニコニコしながらたくさん話してくれた泉美。水だって缶コーヒーだって眠気覚ましのガムだって、ちゃーんと常備してくれて、絶妙なタイミングで渡してくれる世話好きな彼女。すっかりその心地よさに慣れきっていた。

無性に、今、泉美に会いたい。

5年。思えば、たった5年しか、彼女と過ごした時間はない。人生で誰よりも重要なひとなのに、長さで言えば仕事仲間のほうが長いくらい。

だから迷っていた。

泉美は、ご両親と一緒にお墓に入ったほうが安心するんじゃないだろうか?

33年生きて、最後の数年家族ではあったけれど……あまりにも、短すぎる。それなのに永久におれと一緒じゃ、なんというか、浮かばれないんじゃないだろうか。

ハンドルを握りながら、おれは泉美がいなくなってもうんざりするほど変わらない田舎のあぜ道を、絶望的な気持ちで見つめた。

5年なんて。泉美を幸せにするためには全然、足りなかった。

そのときだった。山崎さんが目を閉じたまま、口を開いた。

「入れないで」
 

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秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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