「つなぐ」ひと
最初は寝言を言っているのかと思った。
山崎さんは車の背もたれに体を預け、キャップを目深にかぶっている。
「あっちには入れないで。俊介と一緒のお墓にしてね」
思わず、ブレーキを踏んだ。
心臓がどくどくと音を立てる。
お墓? お墓って言ったのか?
「え……えと、山崎さん……? 具合、悪いですか? 大丈夫?」
山崎さんは、キャップを外す。顔色はだいぶ良くなっていた。こちらをしっかりと見て、それからゆっくりと言葉を発する。
「保険証は、黒いデニムのポケット。ズボラでごめん。美波をお願いね。俊介、大好き」
息が止まったおれを見てほほ笑むと、山崎さんはまたふっと目を閉じ、そのまま寝息を立て始めた。
今、何が起きたのだろう?
優しい伝言
「……山崎さん、つきましたよ」
駅前のロータリーで、おれは彼女に声をかけた。
「はッ! え!? 私、寝てました!? す、すみません……!」
助手席でがばっと前のめりに飛び起きると、山崎さんは慌てて頭を下げた。
「あの、本当に、ありがとうございました! これ、私の名刺です。佐倉さんのご連絡先も伺ってもよろしいでしょうか。後日、御礼をさせてください」
「いやいや……何にもしてないから。それより……さっきのことだけど」
きっと覚えていないだろうという予感がありつつ、尋ねようとして、貰った名刺に目をやる。
成都大学民俗学研究室という所属と、その住所、電話番号が書いてある。
「民俗学、分かりにくいですよね。うち、代々巫女みたいなことをしている家系で。あ、私にはそういう力はゼロなんですけど、おばあちゃんは結構不思議な力があって、小さい頃から見聞きしてるからか、気づいたらこの研究をしていました。このあたりには不思議な伝承がいくつもあって、それを集めているんです」
「……山崎さんにも、あると思いますけどね、隠されたパワー」
おれは彼女の顔をじっとみた。やはり何も覚えていないらしい。そんなことがあるんだろうか。
自慢じゃないが、オカルトみたいな体験は一度もないし、信じてもいない。
でも、山崎さんが口にした言葉は……まぎれもなく、今、泉美がおれに伝えたい言葉だろうという気がした。
おれたち3人はまぎれもなく幸せな家族だった。それなのにたったの5年で、理不尽で、無慈悲な、意味のない事故が起きて引き裂かれた。
だけど、どんなに短くてもそのあいだはとびきり幸せだった。墓だってあの世だって、一緒に決まってるじゃないか。
そうだよな? 泉美。
「あの、佐倉さん、ご連絡先を教えていただけますか? 私の実家は秋の果物がたくさんとれるから送らせてください。本当にありがとうございました」
「……ああ、いいですね、果物。もう秋なんですね、いつの間にか」
お彼岸までには、泉美のお寺を決めなきゃな。
気持ちのいい風が吹く寺にしよう。見晴らしが良くて、おれと美波が見えるようなところ。
なんせ、俺も一緒に入る墓だ。美波は……できたら一緒がいいな。美波の旦那も誘ってみるか。
「気が早い」と、どこかで泉美が笑った気がした。
おれは車を降りて頭を下げる山崎さんに大きく手を振って見送ると、車にエンジンをかけ、出発した。
新生児育児の予想外の大変さに四苦八苦する彼女。ある日女性が訪れて……?
秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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構成/山本理沙
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