恩師の伝言

春奈さん

メッセージありがとう。元気でやっているかな?
本を出版されるとのこと、おめでとう。
君の文章は学生時代から、優しく、鋭く、素晴らしいものでした。
本を送ってくださるとのことでしたが、お気遣いは無用。
発売日に、いきつけの書店で教え子の本を買う。
こんな楽しみ、教師人生のなかでもそうそうありませんよ。
9月10日を楽しみにしています。
 

「わあ、先生……! こんなに早く連絡くれるなんて、さすが!」

私は嬉しくて、思わず誰もいない一人暮らしの部屋で呟いた。

会社員として働きつつ、副業でライターの仕事をしながら、諦めずに小説を書けたのは先生のおかげ。

高校時代に「君は才能がありますね。きっと筆一本で食べていけるようになりますよ。精進なさいな」と繰り返し褒めてもらった記憶が私を支えてくれた。

両親が離婚して、父と疎遠な私にとって、担任の英語教師であり当時40代の松永先生は、年長者のアドバイスをくれる貴重な存在。

学生時代はイギリスに留学していたという先生のアクセントは英国風で、佇まいや服装も紳士的。一見飄々としているけれど、取り立てて勉強ができたわけでも、目立つ特技があったわけでもない私を、20年経っても覚えていてくれる人情家だった。

――本が発売したら、お菓子を持って学校に行ってみよう! サインとかさせてもらっちゃったりして。練習しなきゃね……!

私は浮かれて、ベッドがら飛び起きると、会社にいくために鼻歌混じりで身支度を始めた。

突然の別れ


しかし、結局私は先生の目の前で練習したサインを披露することはなかった。

メッセージのやり取りから1カ月後、私の初書籍が発売された5日後。

FaceNoteで、先生のアカウントに、先生の奥様からのメッセージが掲載された。

2023年9月12日午後20時30分、松永浩紀は永眠いたしました。
9日の夜半に、脳梗塞で倒れ、救急搬送されました。
そのまま意識戻らず、皆さまにご挨拶も叶わず、
急の旅立ちになりましたこと、
誰よりも本人が残念に思っていることと思います。
告別式は近親者のみで執り行いましたが
松永に会いに、いつでも自宅にお運びください。

……私は足元から崩れ落ちるようにその場にへたりこみ、しばらく動くことができなかった。

次ページ▶︎ 突然訪れた別れ。後日恩師の家を訪れた彼女が見たものとは?

秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
▼右にスワイプしてください▼