約束のサイン


私は、奥様が手にしている、先生が買ったという本を手に取った。奥付を見る。もちろん初版。つまり、9月10日発売だ。

「あら……? 不思議ね……? あの人が倒れて救急車で運ばれたのが7日だから……駅前の本屋さんに買いに行けたはず、ないわよね? 意識もなくてICUにいたのよ、ずっと」

私と奥様は、本を手に取ったまま、顔を見合わせた。

 

9月10日。

先生は、きっとその日を楽しみにしていてくれたはず。先生は、そういう先生だ。

先生が発売日に本屋さんに買いに行く、とおっしゃったのだから、先生は、買いに行ってくださったんだ。

きっと。魂だけになっても。

絶対に。

「……奥様。この本に、先生が買いにいってくれたこの本に、サインを書いてもよろしいでしょうか。先生と……約束したんです。先生に一番にサイン本を差し上げると」

言いながら、泣いていたと思う。奥様も、笑顔で、泣いていた。

「もちろん! さあ、万年筆を持ってくるわ。ぜひ、ぜひ書いてやってね」

私たちは、2人で泣きながら、笑いながら、本を開き、丁寧に最初のサインを書いた。

――先生。これから出す本は、まとめてそちらに行くとき、持っていくからね。のんびり待っていてください。

写真の先生が、ちょっとだけ、微笑んだ気がした。

【第38話予告】
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イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

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