行き過ぎた教育熱の矛先


「まずこの校舎の保護者面談、平日の昼間にも関わらずご夫婦で来る人がいっぱいいます」

「えッ、お2人で、塾の面談に!? 僕が以前にいた校舎では、ちょっと考えられない……」

僕がのけぞると、周囲がますます前のめりに情報を提供してくれる。

「感極まったお母さんたちがね、泣きながら『先生、なんとかしてください!』って絶叫したりね。お父さんが『何がなんでも御三家に行かせたいからこの塾に1年生から課金してきたんだ! 責任を取って合格させろ』って詰め寄ってきたりね。いや~我々もねえ、魔法使いじゃないから」

「去年、『これをお納めください。そして算数を特訓してください。合格したら3倍持ってまいります』って菓子折りもって来てさ、そこに30万円入ってるの。もちろんお持ち帰りいただいたけど……。たぶんちょっとしたチップ気分なんだろうけどね、金銭感覚もモラルもバグってるよな。この前スタバのチケット10万円分持ってきた人もいたなあ。もちろん受けとらないんだけど、ちょっと欲しかったぞ」

「この時期、『どんなことをしても選抜に入りたい!』とか『なんで落とすんだ!』とか毎日のように突撃してくる方、いますもんね……。いや、テストで1点刻みにクラス基準点があるからねえ、選抜に入りたければそれを超えるしかないぞと」

先生たちの口調はしみじみとしていて、ある意味で諦めが漂っている。どうやらそれがこの時期、この校舎では日常茶飯事のようだ。

「……わかりました。心して、今日の保護者会にも臨みます」

僕は急にドキドキしてきて、マグカップの冷めたコーヒーをごくごく飲んだ。今日は昼から2時間、月に1度の保護者会の日。これまでも保護者会には何度も出て学習法を説明してきたが、入試が迫る後期は緊張感が一気に高まる。

 

「里中先生の担当は選抜と2番手グループです。今日は選抜、明日は2番手の保護者会ですからお気をつけて」

……事務スタッフの言葉に、僕はこっそり溜息をつく。この塾では、保護者会さえも成績順で区切られている。話すことは生徒のレベルによって少しずつ異なるから、合理的ではあるのだけど。

 

子どもの出来不出来が親力のランキングのように感じるひともいるだろう。平然としているように見えるけれど下位クラスの保護者はいい気分ではないはず。

今日は選抜4クラス、明日は2番手グループの4クラス。とにもかくにも講師としては、どちらも全力を尽くすのみだ。

「あれ、聡介君のお母様。こんにちは……」

無事に保護者会を終え、個別に質問に答える時間。目の前に立った保護者を見て、僕はある違和感を覚えた。

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秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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