初めての友達


「山崎絵里さん? お申込みありがとうー! さあさあ、こっちこっち。アロマハンドマッサージ、初めて? わあ、白くて小さな手だねえ」

予想の100倍くらい気さくな感じで迎えてくれる。私は面食らいつつも、こっちに引っ越してきて1か月、誰にも笑いかけてもらえなかったこともあり、涙腺が緩むくらい嬉しかった。

「あの、お会計、500円でしたよね」

私が慌てて封筒に入れてきたお金を渡すと、「あー! ありがとうございます! すごい可愛い封筒!」とにこにこしながら受け取ってくれた。

地域センターの会議室みたいなところに机とテーブルを出して、3人の同世代の女の人が10分くらいハンドマッサージをしてくれたあと、自宅でのケア方法を教えてくれるというのが今日のセミナーの趣旨。

 

10人くらいのお客さんがいて、みんなのんびりとおしゃべりをしながらマッサージをしたり受けたりしている平和な会だった。

「絵里ちゃん、ここらの人じゃないよね? もしかして転勤してきた奥さん? ときどき、札幌から銀行の奥さんとかが来るんだよね。あ、私は山田響子。今日は来てくれてありがとね」

このあたりのイントネーションのせいだろうか、初対面にもかかわらず、とっても親密な気分になる。掌をやさしくマッサージしながら、山田さんはにこにこ話しかけてきた。

少し年上だろうか、ショートヘアにスウェットを着て、エプロンをかけている。ほとんどすっぴんで、家事をしっかりしている人の手。東京に住んでいた頃の友人の、スキのない装いや手先とはずいぶん違ったけれど、癒し効果は抜群だ。私の心は一気にほぐれていく。

「いえ、あの、東京から先月、主人の転勤でこちらに……。まだ秋なのにもうこっちは冬みたいで、驚いているところです」

私が正直に話すと、山田さんはぽかんとした表情でこちらを見て、豪快に笑った。

「あはは! 面白いこというね、東京の人は! まだまだぽかぽかだよ、暑いくらいさ。冬なんてこんなもんじゃないよ~」

くるくると、あったかい手で私の手をリズミカルにマッサージしながら、山田さんと話が弾んでいく。

山田さんはバツイチのシングルマザーで、なんと中学生のお子さんが二人いるらしい。40歳で、生まれも育ちもこの町。離婚して、隣の街から戻ってきたという。普段はクリーニング屋さんで働いているけれど、いろいろ副業をして家計の足しにしているのだと、ざっくばらんに話してくれた。

――めっちゃオープンマインドだな……。北海道のひとってドライだと思いこんでいじけてたけど、懐に入れば仲良くしてくれる付き合いやすい人たちなのか!

私は久しぶりに声を立てて笑いながら、おしゃべりとマッサージを堪能した。このセミナーを見つけた私、グッジョブ。ついに、知り合いができたのだ。きっと一人できれば、少しずつ広がっていくにちがいない。

「絵里ちゃん、どこに住んでるの? え? 駅前? あはは、都会の人っぽいねえ。よかったらさ、またイベントの案内送るよ、連絡先交換しない? あたし、友達と料理会してて。引っ越してきたばっかりで退屈してるんじゃない? 友達紹介するよ、おいでよ!」

「あ、ありがとうございます……! ぜひ」

うう、理想的な展開。街はずれの地域センターまで、バスを乗り継いてきた甲斐があった。このあたりは一人一台車に乗っていて、運転できない私はどこにいくのも1時間に数本しかないバスを乗り継いていた。でもそのおかげで、今日、ついにお友達ができたのだ。本当に来てよかった!

私は山田さんの連絡先を大切に保管して、建物を出た。バス停まで歩いていくと、時刻表を確認する。なんとバスは1時間後……。

――徒歩30分くらいかなあ……。タクシーも通らないし……歩くかあ。

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秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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