どっちが本当?


「夜分に失礼、荷物の中に、間違えて入れたものがあって、取りに来ました」

男は、聞き覚えのある奇妙に独特なアクセントで話しかけてきた。ドアの隙間のすぐ向こうから、切羽詰まった押し殺した声が入り込んでくる。

「え、ええ!? 私のスーツケースに、ですか? あの、どんなものでしょう?」

思わず返答してしまう。居留守を使おうと思ったのに。

「パンケーキの粉なんですよ。子どもの土産でしてね。スーツケースの取り違えに気づくまえに突っ込んで、忘れてしまったんです。返してください」

「パンケーキの? 袋ってことですか? そんなものあったかしら……仮眠のつもりでろくにアンパックしないで寝たから。少々、お待ちください」

子どもの土産ときいて、私は反射的にうなずくとスーツケースのほうに行き、部屋を明るくして中を探った。

「あった……! これか」

奥底をひっくり返すと、見覚えのない袋があった。片手に収まるぐらい、500グラムくらいだろうか、たしかにパンケーキのパッケージ。

 

奇妙なことに、未開封状態にはなっているが、なんだか口のところが歪んでいる。アイロンかなにかを押し付けて、溶接したようなひきつれだった。

まあいい、とにかく破れていなくてよかった。せっかくのお土産だ。

ほっとしてそれを渡そうと立ち上がる。明るい部屋の中で寝ぼけていた頭が冴えてきた。

果たして、なぜ、男たちは私がこの部屋にいるとわかったのだろうか?

それどころか……なぜこのホテルだとわかったのか。航空会社に渡されたホテルリストのひとつではあったが、航空会社にも届け出たわけじゃない。

このホテルにチェックインしたとき、通例通りパスポートとクレジットカードを見せている。

緊急事態だとか適当なことを言って、目ぼしいホテルに電話をして、名前を照会した?

私の名前を、そもそも彼らは知らないはずだ。いや、まてよ、荷物を取り違えたとき私の荷物には航空会社の荷物タグが張り付いていたはず。外して捨てたごみ箱のタグに目を走らせる。印字は小さいけれど、あれを見れば名前は特定できる。

しかし、ホテル側が照会されたからと言って、該当者が宿泊しているかどうかを答えることはないだろう。「特別な裏ルート」でない限りは。

なんにせよ、私がいる部屋まで特定するのは、しかもこんな時間にここに来るのは「普通のうっかりお父さんとその友達」には無理。

とっさに、そばにあったタオルでごしごしとパッケージをぬぐった。指紋をつけておきたくない。

これはパンケーキの粉袋。あの男はお土産をうっかり私の荷物に放りこんだあと、荷物の取り違えに気が付き、交換。しかしパンケーキの粉をどうしても取り戻したくて、必死で記憶にあった名前を頼りにホテルをしらみつぶしに探し、同情したホテルスタッフが私の部屋を教えてここまで来た。

 

……うん。そういうことにしておこう。

私は指紋をつけないように注意を払いながら、パンケーキの粉を部屋に備え付けのランドリー用の小さなビニール袋に入れた。そしてキーチェーンをつけたままドアを開けると、袋をさっと差し出した。しらじらしいくらいに明るく言う。

「すみません、ありました! よかった! お子さんに叱られずに済むかしら?」

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秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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