母の決意
「……!」
男たちは、私がビニールの口を向けると、中に入っているパンケーキの粉袋をひったくるように掴み、封が切られていないことを確認しているようだった。
「……騒がせてすまなかった」
男たちは素早くその場を去っていく。エレベーターホールのほうには向かわず、階段を使って降りるようだ。
私は急いでドアを閉めて、鍵をかける。
それから深呼吸をすると、ドアの外に人の気配がないことを確認してから、可能な限り素早く、身支度を始めた。
例えば、あの「パンケーキの粉」は、パンケーキの粉じゃないとして。
空港職員が買収されて「よからぬモノ」の密輸に加担し、荷物を不正に忍ばせる。同じ色とタイプのスーツケースがそのフライトにふたつあって、誤ったほうに「粉」を入れてしまい、東洋人の女がそれを持ち去ってしまう。
「受け子」はそのことに気が付いて荷物を取り返すが、皮肉なことに、最初ターンテーブルに残されていた女の荷物のほうにこそ「粉」が入っていた……。
時計を見ると、5時になっている。東の空が、少しずつ明るくなってきた。朝がきた
さて、どちらの「仮説」をとるか。
新聞記者としては、警察に顛末を話し、調べてもらうという選択肢もある。しかしおそらくそんなことで捜査なんてしてくれない気がした。この小国は、まだ公の機関が公明正大とは限らない。それどころかあらぬ疑いをかけられるのが関の山だろう。
……お母さん! 絶対舞台、見に来てよ~!
娘の声が聞こえる。そう、申し訳ないけれど。
私は今日、何が何でもこの国を脱出しなくちゃならないのだ!
メイクもせずに、ホテルの部屋をあとにした。名前と顔がバレたうえで、見てはいけないものを見たかもしれない私が、この部屋に朝7時までいて、なにかいいことがあるとは到底思えない。人が大勢いる空港に移動しよう。
空港ホテルのスタッフは、乗り継ぎ客の早朝チェックアウトには慣れているのだろう、何も言わずにカードキーを受け取った。素早く空港シャトルバスに乗りこむ。
飛行機の離陸まであと3時間。とにかくパスポートコントロールを通過すればこっちのもの。
待っててね、娘よ。母は、学芸会を最優先に、必ず学校に行くから。仕事を終えたら、私は新聞記者であるまえに母なのだ。
走れ、母。
恐怖と、奇妙な高揚感を感じながら、私は異国の空港ロビーを速足で歩いていく。
秋の夜長、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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構成/山本理沙
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