あとは、僕の指を一切画角に入らないようにすることも大事。この2人の世界に、僕の存在なんて枯れ木も山の賑わいにすらならない。匂わせの「に」の字もないほど徹底的に自分の気配を消すのが、僕的アクスタ撮影の極意。

なるべくアクスタの端の方をつまみ、忌々しい自分の指が入らない、かと言って2人の足元が切れすぎない、ベストポジションを必死で探る。「えいや!」とシャッターを切ると、その勢いでつい僕の指が映り込んだりする。こんなに自分の指を憎々しく思ったのは生まれて初めてです。腹立たしすぎて、自分の指だけ懲役刑に処したい。

旅館に着いてからも楽しさは右肩上がり。当然、ドラマで実際に使用された旅館を予約済み。2人が劇中で着ていた浴衣もレンタルできるのである。はたから見れば、どうということのない浴衣がもはや天女の羽衣に見えてきた。

とりあえず部屋に入ると、真っ先に浴衣を吊るして写真を撮った。こうして実物を吊るしてみると、いよいよ現実と物語の境目がわけのわからないことになってきて、情緒がおかしくなる。

 

そして、情緒がおかしくなったオタクはおかしい行動に出はじめる。吊るした浴衣を見ながら、はたと思ったのだ。え? これ、アクスタに着せたい……と。アクスタの大きさは15cm足らず。片や浴衣は成人男性用なので140cmくらいはある。どう見たって釣り合いがとれていない。

 

しかし、着せてみたら意外になんとかなるのではないかという、普段はネガティブなくせに、こういうときだけ根拠のない前向きさを遺憾なく発揮するのもまたオタクの習性である。浴衣を畳の上に広げ、襟元に顔が埋まるように、そっとシンのアクスタを差し込んだ。

結果、ただ襟元から豆粒のような顔をひょいと覗かせているだけのアクスタが爆誕した。普通に違和感しかない。アクスタといえど、次元の壁を破ることは不可能であった。これが、アクスタの限界なのか……! しかし、この奇妙さがなんだかそれはそれで可愛くて、成人男性サイズの浴衣を着ているおよそ15cmのアクスタをパシャパシャと撮り続けた。こういうアホみたいなことをしている時間が、オタクはいちばん楽しい。

結果、次の日も横須賀の秋谷海岸まで足を伸ばし、ドラマのロケ地をさんざんめぐって、大満足で旅を終えた。家に着く頃には、自分の心を覆い尽くしていた暗雲などすっかり晴れ渡り、心の荷物も軽くなっていた。もちろん問題が解決したわけでは一切ない。頭を悩ませる困りごとは厳然と存在していて、じきにまた直視しなければいけないタイミングがやってくるだろう。

それでも、この先どうなるかわからないことをいちいち気に病むより、どんと構えて出たとこ勝負で行くしかないという、いい意味での大らかさというか雑さのようなものが備わった分、随分と気持ちは楽になれた。

現実逃避、上等である。人生に必要なのは、有事が起きた際にいつでも脱出できるための緊急避難経路だ。非常出口の数が多ければ多いほど、袋小路に追い込まれなくてすむ。

また何かあったときはお願いします。そう軽く拝んで、アクスタを定位置に戻した。棚の上でお手手をつないでいる15cmの湊さんとシンは、僕の小さな守護神なのだ。

 

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イラスト/millitsuka
構成/山崎 恵
 

 

 

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