エスケープ
機内の匂いって、国によって結構違うものだと、今回の旅で知った。この飛行機もまた、独特の匂いがする。私はリュックをおろして頭上の荷物入れに入れると、通路側の席に座った。通路は1本で、乗客は座席数の6、7割というところ。
機内はリゾート路線らしくどことなくのんびりした雰囲気が漂う。乗客の手荷物収納を助けるCAさんの表情も明るい。
数列前にいた兄弟が、嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。10歳くらいの子と、5、6歳くらいの子。イギリスのアクセントで話していて、私の耳にはやんちゃなのにどこかかしこまっているように聞こえて微笑ましい。
お父さんが2人を連れていて、小さな息子たちをようやく飛行機に乗せてほっとしているのだろう、早々にアイマスクをして眠る体制に入っていた。フライトタイムは3時間ほどの予定。
私もお父さんにならおう。シートベルトをして、イヤホンを耳につっこみ音楽を聴くと、目を閉じた。
できるだけ、考え事はしたくない。夢もみたくない。そのために、旅に出たのだから。
急病人発生
「お客様のなかに、ドクターはいらっしゃいますか? 恐れ入りますが、客室乗務員にお知らせください」
機内放送が入って、はっと目を覚ます。
よほど深く眠っていたのか、気が付けば目の前のテーブルに小さめのミールトレーが置かれている。サンドイッチとミックスナッツにオレンジジュース。短距離線だから、軽食なのだろう。
窓のほうを見ると、海の上で、西日が射していた。時計は16時半。離陸は15時だったから、1時間以上眠っていたようだ。
「重ねてお願いをいたします。お客様の中にドクターはいらっしゃいませんか? 乗務員までお声がけをお願いいたします」
通路に首を伸ばして前後を見ると、最後方のギャレー付近にCAが集まっている。カーテンで仕切られているが、そこにもしかして具合が悪いひとがいるのかもしれない。そういえば飛行機はけっこう揺れていて、私も食欲は失せていた。少し酔ったのかもしれない。
ベルトを外し、立ち上がると通路を後方へ歩いていく。化粧室のドアを開けようとすると、すぐ横、カーテンが引かれたギャレーから大きな声がした。
「大変……意識が! 急いで応急処置箱を持ってきて!」
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