着陸態勢
「あの、ドクター、パパを助けてくれてありがとう」
容体が安定し、最寄りの着陸空港に向かうさなか。点滴をしたお父さんに付き添っていると、兄弟のお兄ちゃんのほうがおずおずとやってきた。
「君が、お父さんのアレルギーのこと教えてくれたから、素早い処置ができたのよ。こちらこそありがとうございました」
私が御礼を言うと、男の子は恥ずかしそうに笑った。目元がお父さんに似ている。
「お医者さんてクールだね!」
私は微笑んだまま、何も答えられず、点滴のチェックをしてごまかした。
クールなんかじゃない。少なくとも私は、誤診をして、仕事が怖くてできなくなって、逃げ出した。最低の医者だ。医者を名乗る資格はない。最初はドクターコールに応えるつもりもなかった。
「ありがとう、ドクター。名前と、メールアドレスを教えてくれる? パパが元気になったら、きっと御礼を言いたいっていうと思うんだ」
「とんでもない、頑張ったのはお父さんと君たち兄弟。私は薬を打っただけなのよ」
「そんなことないよ、パパの命を助けてくれたよ」
ふいに、男の子の手が私の手に触れた。握手。小さくて熱い手。生きている証。
「僕さ、パパがまた倒れでも大丈夫なようにお医者さんになる。ドクターみたいに、かっこいいお医者さんになる!」
私は困惑した。カッコよくなんてないの。プライドばかり高くて、自分の過ちから逃げてしまった。
目をごしごしこすって、しゃがみこんだまま、必死に点滴をチェックするしかない私のとなりで、男の子はいつまでもにこにこしていた。
……いつか私が、私の課題を乗り越えたら。
その時は、堂々と、彼に「私はドクターだ」と名乗れるだろうか。そんな日が、来るだろうか。
どこかでポーンと、着陸態勢に入るランプが、点灯した。
沖縄行きの飛行機で行方不明の乗客が……!?
構成/山本理沙
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