「地下に人はいない」
「あれ!? 今日の東京の人、まさかあの物件を契約したの!? ちょっと社長、あとから文句言われるんじゃないの?」
事務所のスタッフが呆れたように非難の目を向けると、彼は好々爺らしくつるりとした頭を撫でた。
「ちゃんと言ったよ? 視える人が視ると腰抜かすマンションだって。……でもなあ、何が気に入ったんだ? 洗濯室がいいとか言ってたけど、屋上の洗濯室、鍵がないと入れないのよ。
そういえば、待ち合わせたとき階段上がってロビーに来たようにも見えたけど……おかしいなあ、病院だった頃の名残で地下はあるけどさ、封鎖されてるんだよねえ。『人』は入れないはずだよ」
社長とスタッフの間に、一瞬、奇妙な沈黙が流れた。しかし二人は、顔を見合わせたあと、何事もなかったように成約済みの書類をファイルすると、いつもの仕事に戻る。
「視えても視えなくても、あのマンションに入ろうって気になるなんて、東京のひとは違うよねえ。なに、オレは勧めたわけじゃないよ。事情も伝えたしねえ。あとは好き好き。何があっても、本人の責任さ」
北海道に山菜を採りにでかけると……?
イラスト/Semo
構成/山本理沙
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