可視化されないだけ、確かに当事者は存在する

私たちは、法律は絶対的なものと思いがちです。しかし、人間によって作られたものである以上、当然欠陥はあるし、時代と共に運用を考えていかなければなりません。しかし、どれだけ時代にそぐわないまるで化石のような法律であっても、変えるのは極めて難しいという現実があります。

法律に関わる人たちは、そこに不備・不足があることを知っている。なのに変わらない。なぜだろうか。それは「当事者がいない」からだった。法律を変えようにも、それで利益を得る人がいなければ「効果がない」「やる意味がない」ということになる。しかし、この件に関する「当事者」は「いない」のではなく「可視化されていない」だけなのだ。(p206)
彼・彼女らのほとんどの置かれた環境が過酷すぎて、声を上げられるような状況にない。(中略)結局、「無戸籍児・無戸籍者」たちの問題は社会の表層にでてこない。つまり「ない」ことになってしまっているのだ。(p206~207)
写真:Shutterstock


これ以上、存在しないことにしない

社会から「存在しない」とされてきた、国会議員ですらその存在や事情をすら知らなかった。著者の言葉を借りれば、“法律の狭間に落ちた”、そんな「無戸籍の日本人」たちがいます。その数は正確には把握されていませんが、表に出ないだけで、決して少なくありません。

今も、支援団体、弁護士、一部の政治家たちが、法律を改正し、無戸籍の人が生まれないよう、そして今無戸籍の人が不利益を被らずに生きられるよう日々奔走しています。いつの時代も、諦めずに声を上げる人たちによって、岩のように動かなかった法律や制度が変わってきました。まずは、この問題を私たちが知ること。ないものにされ続けてきた存在を、ないものにし続けないことが求められています。

 
 

『無戸籍の日本人』
著者:井戸まさえ  集英社文庫 880円(税込)

1万人はいると言われる戸籍を持たない日本人。なぜ無戸籍になるのか? なぜこの状況は変わらないのか?? 無戸籍者の厳しい現実を浮き彫りにし、大きな反響を集めた話題作。(巻末対談/是枝裕和・井戸まさえ)

無戸籍問題の当事者であり、日々無戸籍の人の支援に奔走する著者が、「存在しないこと」になってきた無戸籍の日本人の実情に迫り、その複雑な内情を詳らかにする一冊。無戸籍の人が生まれる背景にある民法772条が改正されない理由を追ううちに、家制度への信奉や女性への懲罰的な思想など、因習的な考えが明らかになる。人権問題、さらには法律や政治の在り方についても考えさせられる名著。

<INFORMATION>
映画『市子』公開中

 

川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪。途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、部屋で一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

監督:戸田彬弘
原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2023映画「市子」製作委員会


文・構成/ヒオカ