二人だけの秘密

「わあ~、来たのは2回目だけど、やっぱり雰囲気あって素敵な別荘ね」

駅から徒歩15分とは思えない、海が見える素晴らしい眺望の別荘。気まぐれで買ったけれど、ちっとも来られないと彼が言っていたが、なんてもったいない。前の持ち主は有名な作家だったと言っていた。そこここに趣向が凝らされている素敵な洋館だ。

「美弥ちゃん、隠し書斎行ったことある? 秘密基地みたいなところ!」

「え!? そんなのがあるの? 知らない、知らない。あとで見せて」

駅前で買った飾りつけグッズを取り出しながら、私は莉子ちゃんに調子を合わせる。

「ちょうどそこに、パパに渡したいプレゼントも隠してあるの。パパの若い頃の写真もあるよ。こっち、こっち」

莉子ちゃんは嬉しそうに私の手を引っ張って、廊下の階段下のスペースについている背の低い扉を開ける。するとそこには地下に続く階段が現れた。絨毯が見えて、地下には部屋があるようだ。

「物置にしてるけど、ソファもあるんだよ! 来て、来て」

私たちは扉から射す光を頼りに階下に降りていく。するとそこには、確かに6畳ほどのスペースがあり、ワインセラーや椅子、段ボールが置かれていた。電球が切れてるの、と言いながら莉子ちゃんは懐中電灯をつけて、本棚の上のほうを照らした。

「美弥ちゃん、あのあたりに、パパに渡したい、私の小さい頃のアルバムがあるの。取ってくれる? 私じゃとどかなくて」

「わかった! ちょっと待ってね、あの椅子を使ったら届きそう……莉子ちゃん、上のほう、照らしててね」

私は古びたスツールを見つけて、それを引きずって本棚の前に持ってきた。そうっと乗って、椅子を踏み台にして本棚の上に手を伸ばす。

バタン。

その時、手元を照らしていた灯りが消え、同時に背後で扉が閉まる音がした。急に真っ暗になり、私は驚いて、その拍子に椅子から落ちて尻もちをついた。

「痛……ッ! ち、ちょっと莉子ちゃん!? 何? 懐中電灯切れた?」

 

手探りで、尾てい骨のしびれるような痛みをこらえて階段のほうににじり寄る。階段に手がふれた。さっき、莉子ちゃんはこのあたりにいたはず……?

階段の上のほうから、がちゃんと音がした。

「莉子ちゃん? よかった、無事ね、ドア開けて! 中、暗くて何も見えないよ」

壁に手をあてて、手探りで階段を上がり、ドアのノブに手をかけるが、扉はピクリともしない。金属特有のゾッとする冷たさが、掌から伝わった。

「莉子ちゃん!? 開けてってば」

「このドアについてるやつ、かんぬき、っていうんでしょ。パパに何度も言われたの、内側からは開かないから、絶対に一人で下に降りちゃだめだって」

さっきまでのはしゃいだ様子から一転、落ち着いた声音。

「莉子ちゃん? ちょっと、ふざけないで! こっちは真っ暗なのよ、早く開けて! パパにいいつけるわよ」

びくともしない扉を前に、焦りが噴出して、私は思わず怒鳴ってしまった。

「パパが日本に戻るの土曜日でしょ? うーんギリギリかなあ? まあ、パパだってすぐにあなたのこと探し回らないだろうし」

体の内側が泡立つような感覚に、私は思わず悲鳴を上げた。

「開けて! 子どもだからってやっていいことと悪いことがあるのよ!」

「私は何もしてないよ。パパの彼女に連れられてここに来たけど、なぜか急にいなくなっちゃった。変だなあって思いながらも、おばあちゃんに内緒だし、一人で電車で帰るの。ここは行き慣れてるし、Suicaにはパパがたっぷりチャージしてくれてるから大丈夫!」

誰にも言わないでと唐突に今朝誘われたこと。スマホもバッグも、言われるがままにリビングに置いてきたこと。全部、運が悪すぎる。それに最後に食べたのは東京でのランチ。すでにお腹もすいているし喉も乾いている。せめてさっき駅前で何か食べていれば。ううん、信二さんにこのことを話していれば……。

「仕上げに指紋をふきふき……っと。ミステリー小説って役に立つのね」

私は言葉を失った。

全部。もしかして全部計画通り?

ぱたぱたと軽快な足音が遠ざかる。

小学生女子をあなどっちゃだめよ、という美紀の声がはっきりと聞こえた。

 

次回予告
シングルマザーでも私立中学に入れたい……母の覚悟が思わぬ方向に。

小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

 

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