先日、拙著『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』が世に出て、さっそく様々な感想をもらっています。ある知人男性からは「高水準の家事育児を求めて勝手にしんどくなっているのは自縄自縛なんじゃないか」と言われました。

そこまで高いレベル求めなくてもよくない? もっと楽になろうよ、というのは私もその通りだと思います。とりわけ、共働き家庭は専業主婦家庭ができている水準をやろうとしなくてもいい、ということは本著でも主張しています。

が、たとえば、そういうことを女が言うと、ネット上でも、対面でも、結構バッシングされます。「こんな女と結婚したくない」「この人の旦那さんかわいそう」みたいに。私は年配の女性から対面で「人間のレベルを下げている」というようなことを言われたこともあります。

女性個々人が勝手に水準を上げているのか、何らかの構造や周囲からのプレッシャーがそれにつながっているか。

シンガポールで知り合ったある日本人の女性医師は、パートナーがシンガポール人の男性。子どもを産んだ後にしばらくは育休を取ったほうがいいのかなと復帰を躊躇っていたところ、義理のお母様(姑)からこう言われたといいます。

「医師であるあなたがオムツを変える必要があるの? そのために仕事を休むの? 私たちがやるわよ」。

人の命を救うことができる、医師という社会的貢献度の高い職業だから、ということもあるかもしれませんが、シンガポール人の「母親が自分の手でやらないといけない」感覚は日本人よりは格段に低いです。

一方、日本人男性と結婚している、あるシンガポール人女性。フルタイムでがっつり働いていて、子どもたちと自分が食べる夕飯はヘルパーさんが用意してくれていると言います。ところが、そのあとに帰宅する夫は、ヘルパーさんの作る料理は口に合わないからと、なんと仕事で疲れている妻の手料理を別途求めるというのです。

 
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