“良い父親”の二面性


「ママぁ!おたんじょうびおめでとう!!」

細長いロウソクが並んだデザートプレートがテーブルに運ばれた瞬間、湊人(みなと)が嬉しそうに叫んだ。

澄んだ瞳の中で、ロウソクの火がキラキラと揺れている。なんて可愛いんだろう。

「ありがとう」

今夜は美穂の40歳の誕生日で、家族3人で近所のイタリアンに来ていた。

息子と夫の歌うハッピーバースデーソングに合わせてロウソクを吹き消す。すると湊人は、家を出る前から必死に隠していた紙袋から、可愛らしいピンクのダリアのブーケを母に差し出した。

「わぁ、可愛い!」

恥ずかしそうに微笑む息子の表情に、胸がきゅっと締め付けられる。本当に、愛しくて仕方がない。

「湊人が自分で花屋で選んだんだよな。ママに似合う花を見つけるって張り切ってたんだぞ」

貴之がそう言って湊人の頭をクシャクシャになでると、息子の頬は火照ったように赤くなった。

「そうなの?みーくん、ママがダリアのお花が好きだってよく分かったね」

昼間、美穂が風呂掃除や洗濯をしている間に二人がこっそり出かけて行ったのは知っている。帰宅後もずっとニヤニヤしていたから、何か計画していることは予想がついていた。

「湊人はママが大好きだもんな。だから、ちゃんと日頃のお礼をしなきゃな」

貴之のことは、良い父親だと思う。

仕事さえなければ、彼は率先して湊人の世話をしてくれる。勉強も見てくれるし、習い事の送り迎え、お風呂や寝かしつけも、昔から喜んでしてくれた。

夫はもともと交友関係があまり広くないぶん、息子にはたっぷり時間と愛情をかけ、唯一無二の存在として大事にしているのだ。

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「SNSも見られない...」妻を自宅に軟禁する、モラハラ夫の巧妙な手口スライダー2_3

自分の幸せは、間違いなくここにある。家族の団欒を眺めながら美穂は改めて実感する。

「そうだ、俺からもプレゼント贈らなきゃな。何がいい?バッグでもアクセサリーでも、ママが喜ぶものがいいなぁ」

いつになく上機嫌の夫を前に、美穂もつい気が緩んだ。今、このタイミングでなら言えるかもしれない。

「パパ、私、プレゼントは大丈夫よ。欲しいものもすぐに浮かばないし。代わりに……早希に誘われた雑誌のスナップに出てもいいかな……?」

貴之の顔は微笑んだままだったが、瞳の温度が少し下がったように感じた。

「平日の日中にほんの1、2時間くらいだから、もちろん家のことに支障は出ないわ。それに、ちゃんと謝礼も出るの。一応、仕事として引き受けるような形で……」

「おい」

まるで言い訳のようになってしまった美穂の言葉を、貴之は笑顔のまま冷たく遮る。

「せっかく湊人がお前を喜ばせるために楽しみにしてた誕生会だろ。下らない話はやめよう。家族の時間を台無しにしないでくれよ、ママ」

そのとき、父に肩を抱かれた湊人が怯えたように自分を見つめているのに気づいた。途端に背筋がヒヤリとする。

「そ、そうだよね、みーくん、ごめん!!」

美穂は急いで満面の笑顔を作り、必死に家族に謝った。