辞任した電通出身のCMクリエイター佐々木宏氏は66歳。日本のテレビの黄金期に仕事をした世代です。みんながテレビに夢中で、テレビ局は広告収入でじゃぶじゃぶ潤い、テレビCMを作るのが最高にかっこいい仕事とされていた時代。やがて子供たちの憧れの仕事はお笑い芸人になり、ひな壇番組で見た“いじり”を真似たトークが、学校でも職場でも家族の食卓でも繰り返されました。私も子どもの頃から画面でそういう“笑い”をたくさん見て、慣れっこになっていました。


あなたはどうでしょうか。もし“Olympig”が10年前のテレビのバラエティ番組で披露されたら、今と同じように感じたでしょうか。もしかしたら、笑っていたかもしれない。何も感じずに流していたかもしれません。佐々木氏と森喜朗氏が女性たちを排除したという経緯や、開会式演出の主要スタッフの大半が男性であることを問題視する記事も、5年前なら書かれなかったでしょう。そんなのはニュースにならない、日常の風景だからです。どこの職場にもある、珍しくもない出来事だから。いつまでも男尊女卑がなくならず、先進国で最も男女格差が大きい国、「森さん」や「佐々木さん」だらけの日本の実情だから。


でも、多くの人が変わったのです。どこかで気づき、学び、考えを変え、過去を苦い思いで振り返り、もうこんなのやめよう、と思ったんですよね。これ怒って当たり前じゃん、もういい加減にしろよと言い始めた。世間の空気に敏感な週刊誌は、この一件がスクープとして売れると判断し、記事にした。そして批判は瞬く間に国内外に広まって、佐々木氏は辞任しました。


あなたの身近に「佐々木さん」はいますか。あなたの中にも「佐々木さん」はいませんでしたか。私の中には、「佐々木さん」的なものに慣れっこの視聴者が住んでいました。「佐々木さん」的空気に適応せねばと思ったこともありました。だから、今度はNOと言います。女性を笑い者にするな。人を外見で貶めるな。女性の足を引っ張るな。口を塞ぐな、なかったことにするな。


もうほとんど忘れられているけれど、この大会は復興五輪。震災やコロナ禍の死者たちとともに迎える祭典です。人はどのように生まれてくるかを選べないけれど、全ての生が祝福される世界でありますように。あと4ヶ月で、どんな開会式を作り上げるのか、注目しましょう。
 

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