「絶対に乗り越えてやる」という思い


その後、すべての外来業務を終えて、夜遅くに患者さんに電話をかけました。体調などの確認をしてから今後の話になり、帰り際の質問について聞いてみると、こんなふうに話をしてくれました。

「やっぱり、元気で妻と一緒にこれからも仕事を続けたい。これが一番です」

そこで、私はこう提案しました。

「この年末は仕事ができず、金銭的に厳しくなってしまうかもしれませんが、騙されたと思って明日から入院をしませんか。来年も、再来年も、奥様と仕事を続けたいという思いを叶えられるように、年末年始、頑張って治療をしましょう。このまま治療をしないで年越しをすると、翌年を迎えられないかもしれないことを心配しています」

そう話すと患者さんは理解を示し、翌日から入院することになりました。

「もう店は続けられない」と話し、店を閉じてから入院をされました。夫の体調もさることながら、治療費のことも本当に心配だと、奥様は素直に心のうちを話してくれました。

奥様にとっては、もう何もかもを失ってしまった、そんな気持ちだったかもしれません。私自身、その決断をさせてしまったことがとても心苦しく、涙を流して途方にくれた表情を浮かべる二人の顔を思い出して、後でこっそりもらい泣きをしてしまいました。

 

その後の入院生活は決して楽なものではありませんでした。もうダメかもしれないと思わされるような瞬間もありました。あまりに心配で、夜中まで病院に残ってベッドサイドで寄り添う日もありました。奥様にも「覚悟をしておいてください」と厳しい話を何度かしなければなりませんでした。

 

しかし、患者さんの目には「絶対に乗り越えてやる」という力が宿っていました。その目の奥に潜む輝きを私は今でも忘れません。

約半年にわたる入退院、抗がん剤治療を乗り越え、患者さんはがん細胞がまったく見られなくなる寛解という状態に入りました。結果がわかった時には、患者さん夫婦と一緒に診察室で泣いて喜びました。そして、お店まで畳ませてしまって本当に申し訳なかったと心から謝りました。