明確な「生きがい」があるから決断できる


医療チームの中では、仕事をできるぐらい体が元気であることから、入院をして強い抗がん剤を行うという選択肢も考えられていました。ただ、それによって期待される効果は、統計的には数週間の違いかもしれないと考えられました。それもふまえたうえで、患者さんにはこのような推奨を伝えました。

「提案できる治療の選択肢としては、三つあります。一つは、強い抗がん剤を用いて、治療をする選択肢。もしかすると、がん細胞が一度消える「寛解」というところを目指せる可能性がありますが、残念ながら根治は難しい病気です。副作用のリスクも高く、入院での治療が望ましいと思います」

「二つ目は、比較的軽い抗がん剤を用いて治療を行う選択肢です。一つ目と比べると点滴は不要で副作用も少ないので、通院でも治療できるかもしれません。ただし、効果もマイルドな可能性が高く、強い抗がん剤がうまくいった時よりも残される時間が短くなってしまうかもしれません」

「三つ目は、抗がん剤治療をしないという選択肢です。生きられる時間はさらに短くなってしまうかもしれませんが、通院の頻度をさらに減らすことができます。また、抗がん剤の副作用のリスクを心配する必要はなくなります」

その後、抗がん剤の有効性や副作用の詳細を、データとともに説明しました。そして、こう話しました。

「仕事を大切にしたいというご希望と、治療も受けたいというご希望から、二つ目の抗がん剤を使って、通院で治療をすることを推奨したいと思います。例えば、抗がん剤の日は午前中に仕事をして、午後に治療を受ける。大変であれば仕事を休むか、抗がん剤を休むか。それはその都度相談ができます。そんな形で進めてみたいと考えましたが、どう思いますか?」

 

患者さんは「一度持ち帰らせてください」と話され、翌日に「先生方の勧めてくれた治療を受けたいと思います」と返答をしてくれました。

医療チームの中では、強い抗がん剤を行う選択肢との迷いもありました。それはきっと本人もそうだったでしょう。もしかすると、長生きか、仕事か、の究極の選択になっていたかもしれません。しかし、患者さんには明確な「生きがい」があったからこそ、そしてそれを主治医チームとして理解できたからこそ、推奨や決断をすることができました。

 

あるいは、奥様が「がんの治療に影響が出るから仕事は休んでください」と口にされることも想定していました。しかし、奥様もとても理解のある人でした。また、それは職場の人も同じでした。本人は職場でも自分の病状をしっかりと説明し、そのうえで最期まで働く意思を示されていたそうです。