5ミリ下がった頬には戻れない


「え!? じゃあ、あれから優子先生のクリニックに週1で通ってるの? 3ヶ月間? 随分熱心な美容信者になったのねえ……でも確かに! なんかとっても若返ってるよ里香」

久し振りの編集会議があり、同じ媒体で執筆している里香と夏美は、出版社を出たあとランチに寄った。葉桜が陽光をはじく六本木のテラス席で、夏美はまじまじと里香の顔を見る。

「でもさ、そんなに通って、慶介さん何か言わない? 優子先生のとこ、施術はピカ一だけど、お値段はそこそこするよね」

 

運ばれてきたサラダランチを頬張りながら、夏美は心配そうに声を落とした。夏美は一度、里香の夫・慶介に会ったこともあるので、会社員の彼が妻のそういう支出にあまりいい顔をしないだろうと予想がつくらしい。

 

「もちろん内緒。いいのよ、私の原稿料で通ってるんだもん。慶介さん倹約家だからエステとかマッサージの課金なんてお金をどぶに捨てるようなものだって言ってたしね」

運ばれてきた木のボールに美しく盛られたサラダには、スーパーフードのキヌアがたっぷりとトッピングされている。これで1680円。全然好きじゃない謎の食感をごまかすように、里香は急いで咀嚼しはじめる。

優子が、食は美に直結するといったのを鵜呑みにしたわけではないが、野放図に食べていたフレンチやイタリアンのランチをできるだけヘルシーなものに置き換えていた。

「全額自腹なら、確かに文句言われる筋合いはないわね。……でも、里香、急にどうしたの? シミとりレーザーとハイフ、えらボトックス、それから……糸も入れたよね?」

夏美がちらりと、里香の頬に浮かんだ小さな内出血の点々に視線を送る。マスクだと隠れるが、テラス席の明るいところで見ればうっすらとその跡は見えるだろう。美容ライターの夏美には、それがたるみ治療のために頬に糸を入れて持ち上げる施術だとわかったはずだ。

「え、なによ~! 夏美が紹介してくれた優子先生だよ、変な施術じゃないよ。糸なんて今、20代のインスタグラマーもみんな入れてるじゃない」

里香は気合を入れてにっこりと笑った。優子先生の腕は確かで、ひきつれや不自然さはない。今ではこの頬の位置がしっくりきていて、もうここから5ミリも下がっていた時代は思い出したくもないし、戻れないと思う。

「そうね、たしかにナチュラルだし、うん、若返ったと思う。優子先生はさすがねえ」

夏美はようやくホッとしたような笑顔で、自分もサラダを食べ始めた。