BTSの音楽が、同世代の若者たちの心に響いた背景


小島: ホンさんのご著書『BTS オン・ザ・ロード』にも書かれていますが、BTSというのはいわゆる「N放世代」の中から出てきた人たちですよね。
※N放世代:韓国の造語で、経済格差や教育格差、地域格差の拡大で階層の固定化が進み、全てを諦めなくてはならない若者世代を指す。

だから彼らの音楽は、グローバルな格差社会の若者や、何らかの非主流性を感じている人たち、あるいは新自由主義が跋扈(ばっこ)する世界に疑問を感じる人たちの心に響いたのですね。それが韓国のアーティストによる発信であった点も興味深いです。

ホン:確かに世界の状況を見ると、格差が固定して「格差の再生産」が起きています。欧米や日本を含む第一世界の国では長い時間を経て格差が生じ、その間に社会保障制度も整えられました。先進国には、時間があったんです。
一方、韓国は急速に成長したために、社会問題が解決されないまま欧米と同じような競争社会に突入してしまいました。若者たちは、解決されない問題を背負ってしまっている状態です。

小島: 最近、現代の韓国社会に関するいくつかの書籍を読んだのですが、急速かつ極端に格差と分断の進んだ韓国社会の現状は、かなり深刻ですよね。子どもの学歴競争も凄まじい。にも関わらず若者の失業率が高く、有名大を出ても就職できないことも。
日本はここ20年給料が上がらず打つ手もないまま格差が拡大し、ますます若者が希望を持てなくなっています。今の韓国は日本の近未来の姿であると思って、非常に関心を持って見ています。

ところでホンさんは著書の中で、2015年頃からBTSを観察していると書かれていましたが、研究者がどっぷりARMYになってしまってはいけないということで、BTSのことは好きだけれど、ある程度心理的な距離は保っているともおっしゃっていましたね。

ホン:彼らを嫌いだったら研究はできないと思いますが、実際は彼らと距離を置いています。私はBTSが好きですが“ファン”ではありません。ファンはTwitterのような「コミュニティ活動」をしますが私はTwitterはやりませんし、ファンはVLIVEを全て見たりしますが、私は全部ではなく大事な内容があったときのみに留めています。

私の研究の対象は「BTS現象」。つまりBTSが産業にもたらしているものやファンダムの様子、BTSのメッセージ、グループとしての成長など。本当のファンであればグループそのものに関心を持っていると思うのですが、私はちょっと離れたところから全体を見るようにしています。
※ファンダム:特定の分野を熱心に愛好するファンたち、また彼らによって形成された文化のこと

小島: とおっしゃりながら、ホン先生! スマホにリーダー・RMのステッカーを貼っていらっしゃいますね……。私も、昨年の国連総会のRMの演説の強いメッセージ性に惹かれ、BTSに興味を持つようになりました。

ホン:実は、このRMのステッカーはBTSのファンに貰ったものです。その人たちは、私がRMのファンだと思ったようです(笑)。

実際に私は、今のBTSが存在するのはRMによるところが大きく、彼がチームを率いてメンバーが成長したことから生まれるメッセージも大きいと考えています。

私がRMに関心を持っているのには、もう一つ理由があります。韓国において若者、特にBTSと同じくらいの世代の人にとっての成功とは、勉強していい大学に入ることを意味しますが、BTSはそうではない道を選びました。

でも、もしもRMがBTSのメンバーにならなかったら、彼はソウル大学に入学したのではないかと思うんです。私の担当しているクラスの生徒の一人だったかもしれません。つまり、それくらい能力のある子が成功への道を捨てて練習生になった。歌手として成功するかわからない不安や、どれほど努力をしたのかを考えると、感情移入してしまうんです。

国連総会で演説をするRM


BTSにとって鍵となるリーダー・RMの存在


小島: 私も最初はRMへの興味からBTSに関心を持ちましたが、それは、RMが“自分自身に考えがある”ということがわかる話し方をするからだと思います。

彼は、BTSの魅力を多くの人に伝える上で大きな鍵となる存在で、アイドルに興味のない人にも訴求する力がありますよね。例えば研究者の方や、私のようにアイドル文化に無縁だったけれど物を考えるのは好きだという人、今の時代に何が起きているかを知りたいと思っている人など、幅広い人達に届く言葉を、RMは持っているんですよね。直接的な言語表現だけでなく、非言語の表現としても非常に饒舌なメッセージ性をもっていると感じます。

 

RMはこれまでの演説中に何度か、自分たちはソウル出身ではない、韓国の普通の少年であると言っていますが、これが彼にとっては自分たちを語る上で大事なポイントなのでしょうね。私もそこにとても興味を持ちました。

今の韓国における“成功”とは、ソウルで生まれ、小さい時から有名な塾が集まるような地域に通って勉強に勉強を重ね、競争を勝ち抜いてソウル大学や延世大学に入り、サムソンのような大企業に就職すること。そしてできれば途中でアメリカなどに留学して、ネイティブ並みに英語が喋れるようになる……という風に、莫大な教育資本を投入された若者だけが生き残っていきます。

しかし、BTSはそのような成功の物語とは違うストーリーの中から生まれてきたグループであるということを、RMが繰り返し伝えようとしているのが感じられます。社会経済的な資本に恵まれず、希望を失っている若者たちへの共感と連帯を示すメッセージとも取れます。