親友の「長文出産ドキュメンタリー」
翌日も久実子から連絡がなく、こうなると小心者で「大丈夫?」というメールすら恐ろしくてできない。祈るように更に翌朝を迎え、起き抜けにスマホを見て素っ頓狂な大声をあげてしまった。
「久実子、生まれたって!」
<元気な女の子!>と添えられた写真を食い入るように見つめる。
赤ら顔をくちゃっとさせた、いかにも生まれたての赤ちゃん。固く目をつぶり、小さな手もぎゅっと握りしめている。この子が。この子が、久実子の……
<深夜に陣痛がきて、翌日昼に産院へ向かったら緊急事態判明! 赤ちゃんは回りながら産道を降りてくるんだけど、回旋異常っていって頭の向きのせいでつっかえちゃったらしくーー>
久実子が送ってきた長文出産ドキュメンタリーに震えあがった。
夕方には陣痛促進剤を打ち、陣痛のあまりの痛みに吐き続けて一睡もできず翌朝に。それでも生まれてこず人工破膜。手を突っ込んでもダメで、急遽帝王切開になったという。
<帝王切開でも意識はあるから、赤ちゃんを抱かせてもらえたの。生まれてきたらなんて声かけよう、とかずっと考えてたのに、生きてる姿を見ただけで、もう胸がいっぱいで。次の瞬間、疲れと安堵で意識が飛んで、気付いたらベッドの上でした笑>
「そんなに大変だったの!?」
語って聞かせると、リュカもまた頬をひくつかせた。
「母子ともに元気らしいから本当に良かったけど、痛くて一晩中吐き続けるとかありえん」
でも私は無痛分娩だ。大丈夫、無痛の分娩だ……
久実子に祝福とねぎらいの返信を打ちつつ、近々確実にやってくるその日を、いかに無事に、いかに苦しまず乗り越えられるかが勝負なのだと自らに言い聞かせる。
「痛いの苦手だから、頼むよ。すぽんと元気に生まれてくれたら、おいしいものいっぱい作ってあげる」
お腹の赤ん坊とも念力で交渉しながら、そういえば子供はいつ頃から物を食べ始めるのだろう、と疑問がわく。今更ながら、産後の知識がほとんどないことに思い至った。
「ところでリュカ、赤ちゃんの離乳食を始める時期って知ってる?」
「首が座って、支えれば座れるようになった頃。生後五〜六ヵ月みたいだね」
だが夫は即答する。こりゃどうにかなりそうだ。
蘭にもとうとう「おしるし」が......!?
<新刊紹介>
『燃える息』
パリュスあや子 ¥1705(税込)
彼は私を、彼女は僕を、止められないーー
傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)
依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)
現代人の約七割が、依存症!?
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!
撮影・文/パリュスあや子
構成/山本理沙
第1回「「男性不妊」が判明した、フランス人の年下夫。妻が憤慨した理由とは」>>
第2回「「赤ちゃんがダウン症ってわかったらどうする?」フランス人の年下夫の回答」>>
第3回「フランスと日本の「妊婦事情」のちがい。ダウン症検査への母の思いは...」>>
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