どうしても言えない言葉


「ねえ、ちょっときいて? 実は、亜美が今更『女子校より共学がいい』なんて言い出すのよ。せっかく第一志望の女子校も頑張ったら行けそう、っていうところまで来たのに、どうしてそんなこと今言い出すかなあ」

その夜、いつものように塾の迎えに出て鉢合わせた多香子と成美に、明菜はさりげなく話をしてみる。本当は、心臓がいやな具合に音を立てていた。

「ええ!? 今? だって3人で一緒に学校行こうねって励まし合って、ようやくここまできたんじゃないの。もう過去問だってスタートしてるし……」

薄着の多香子が、夜風に身を震わせながら、目を丸くしてこちらを見る。タワーマンションの中は隅々まで空調が整っていて、うっかり「下界」が初冬であることを忘れて出てきてしまうのだろう。

 

「ほんとよね、でもなんか、先月に見に行った共学が、あまりにも楽しそうで衝撃を受けたみたい。親としては、女子校なら安心かなって思ってたけど、まあこの世には男女半々いるわけだし、一緒に勉強するほうが自然なのかなあって……」

 

あらかじめ考えていた言い訳を、明菜は必死に並べる。ずっと目指していた女子校に偏差値が届きそうもないから志望校のランクを下げる、とはどうしても言いたくない。

「……まあ、たしかにね、飛び切りのお嬢様で頭がいい子ばかりの環境で育つのが、本当にいいことなのかっていうのは……自分も体験してないから想像でしかないわけだしね」

思うところがあるのか、多香子が意外に早く理解を示し始めた。完全に納得してくれる必要なんてない。ただ「あなたのところはそう考えて学校を変えるのね」とさえ思ってくれればいい。

しかしそんな多香子の思惑も、マイペースで空気を読まない成美の一言で打ち消される。

「いやいや、この時期に弱気になって変更したら受かる学校も受からなくなるんじゃないー? ここまで来たら親の迷いは禁物よう」

「ううん、迷いって言うか……これまでは私が亜美に学校選びの価値観を押し付けてたとこ、あったかなって。本人が共学がいい、っていうなら、頑張ってるのは本人だし、きいてあげたいなあと思ったのよ」

「いいじゃないの、どこだって多かれ少なかれ親が誘導してるのよう。12歳の子に、世の中のあれこれやヒエラルキーなんてわかりようがないんだから。親が知見やメソッドを子に共有しないで、誰が教えるっていうのよ。偏差値が多少足りなくたって、目標はブラさないほうがいいと思うなあ」

相変わらずのおっとり口調だったが、成美が本心からアドバイスをしていることが、明菜にはよくわかった。のんびりモードの下に、クールで勝気な表情が隠れていることを、長い付き合いで知っていた。

……それなのに、自分が本当のことを隠しているから、相談さえむなしい偽物になってしまう。子どもが同じ学校さえ受けなければ、「ママ友」として会ったのでなければ、全部、全部話せるのだろうか。

下を向きかけた明菜に、予想外の言葉をかけたのは多香子だった。