子どもが生まれた瞬間、マネージャーになった気分


「聞いたよ、絵里花ちゃん、海浜幕張学園、繰り上げ候補者なんでしょ!? 凄すぎるよ、首都圏共学最難関だよ!?」

明菜がもはや知らないフリはできないとばかりに叫ぶ。おそらく子どもから聞いて、でもそれを多香子に言うのは自重してくれていたのだ。ちょっとした心遣いが、嬉しかった。

「明菜さん、うまいこというわね……つまり補欠よ!! 回ってこなけりゃ意味がないのよおお~! ああ神様仏様。どうか、どうか回ってきますように。みんなが東京の御三家にどんどん受かって、辞退してくれますように」

「た、多香子さん、なんかキャラ変わってるけど……。そりゃそうよね、もう神頼みの領域だよね。頼む! みんな絵里花ちゃんに合格をパスして! そしてついでにうちの亜美にも!」

3人は、妙にハイテンションでひそひそと肩を寄せ合った。今日が終われば、もうしばらくは連絡を取らないことは、中学受験母として暗黙の了解だった。

 

木枯らしが一層冷たくなった頃、子どもたちが少しずつ校舎から出てきた。皆、高揚して引き締まった顔をしている。明日の決戦に備えて、百戦錬磨の講師たちが喝を入れてくれたのだろう。

 

「……思えば、私たち、3歳からずうーっと、あちこちに子どもを送り迎えしてるよね。幼稚園のバスのお迎えも、雨の日も風の日も、自分の予定ぜーんぶ後回しにしてさ、決まった時間にあそこに立ってたよね」

「そうそう。成美さんなんて、いっつも耳にイヤホン突っ込んで、会議しながらマンションから出て来てね」

「15年くらい前は、あんなに好き勝手に生きてたのにね。お母さん業って、突然ワガママアイドルのマネージャーになった気分にならない?」
 
校舎から出て来る子どもを見逃さぬよう、入口を見ながら、3人は話し続けた。

多香子は、今、二人の顔を見なくても、どんな表情をしているのかはっきりと思い浮かべることができる。

たくさんの時間、一緒に子育てした2人。

きっと、合格発表からしばらくは、彼女たちのことなんて頭から吹き飛んでしまうだろう。家族ではないから、「運命」を共にすることはできない。お互いの結果次第で、もしかしたら会いたくない、会えない、ということも考えられる。

それでも、明菜と成美と一緒にここまで来たのだと思う。絶対に。

笑顔で話しながら校舎の外に出てきた「3人娘」を、3人の母は満面の笑みで迎えた。
 

2月1日、決戦の朝に


目が覚めたとき、多香子は息をするよりも早く、時計を見た。

5時35分。

大丈夫、寝坊はしていない。ホッとして、深く息を吐いた。

決戦の朝だ。