人事担当者の因果と慧眼


「高宮さんは、どうしてうちの会社に決めたんですか? いや、ほら正直な話、あなたほどの学歴と資格があったら、ほかにもいろいろ可能性があったでしょう? 社長も役員も、こんなに優秀な方が入社してくれて大喜び。高宮さんには期待していますよ」

僕はお茶の水駅までの道を、高宮桃香と並んで歩いた。大通りよりも近道なので、山之上ホテルの裏手の坂道をのぼる。街路樹が強い雨に打たれていた。

高宮桃香は、やはり人事のオジサンと歩くのは気まずいのだろう、面接とは打って変わって言葉少なだった。

「……一番話を聞いていただけたように感じたんです。社員の方が皆さん、私の話を熱心にきいてくださって、嬉しかったです」

少々意外な回答に、僕は「へええ、それはよかった」と笑顔で応じた。わが社は老舗の繊維商社で、社員数は数百人ほどだが、親会社が大きいので、比較的安定している。商社、という響きが良く聞こえるのか、かなりの学生が入社試験を受けにきてくれるが、高宮桃香の経歴や資格はひときわ良いものだった。関西の超難関国立大学法学部を出ていて、英検1級。高校時代にイギリスに留学経験もあるという。

それほど華やかな経歴を持ちながら、当の彼女は「エリート勘違い学生」にありがちな選民意識のようなものがなく、非常に謙虚な人となりと優秀な経歴で、経営陣の目に留まった。

 

「僕はずっと人事畑なんです。だからたくさんの学生と話をしてきましてね。今ではだいたい、10分も話せばその人がどういう人なのか、ときにはどこの大学卒なのかまでイメージできるようになりました」

「え? そんなことがわかるんですか?」

高宮桃香は驚いた様子で、傘ごとこちらを見た。

 

「はは~、まあ、それは言い過ぎかなあ、ちょっと盛ってしまいました。でも、何万人も会って、本気でお話してきましたからね。ちょっとした勘は養われてると思いますよ。

人事っていうのは因果な仕事でね、その人の生い立ちや住所、学歴、抱いている夢、そんなもの全部知ってしまうんです。でも、会社に入ったら、そんなことはおくびにも出さず、同会社の仲間として働く。そうするとね、壮大な『答え合わせ』をしているような気になります」

「答え合わせ……?」
 

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人事担当者だけが気づいた、ある「秘密」が巻き起こす奇妙な物語。
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