「相棒」という意識>「家族」という意識


50代でフリーランスの信也さんには、将来のマネープランに少なからず不安があったのかもしれません。それも家庭に対する責任感の一つと言えるでしょう。

一方で、由紀さんは、退職してからあらゆる家事や家庭の雑務を押し付けられているように感じていました。またそのわりに、病気が原因にもかかわらず、とにかく早く仕事を見つけてと言う信也さんに少なからずショックを受けたと言います。

由紀さんは心のどこかで、たった一人の家族には、弱っているときは守ってほしいという気持ちがあったのでしょう。それもまた理解できます。人生は順調なときばかりではなく、結婚という制度は、そういう局面におけるセイフティネットという側面もあるはずです。

「私たちは、お互いを相方だとは思っていましたが、家族に変容するきっかけが乏しかったのかもしれません。子どもはいないけれど、夫婦で家族。そのことに一番疎かったのは私たち自身でした」 

 

その後由紀さんは、なんとか派遣社員として働こうとしましたが、心身の不調で長続きしません。食費と生活費をなんとかできればと、月10万円ほどを単発のアルバイトで稼ぐようになりました。

 

すこし戻って、お2人の住む家についてですが、結婚当初に2LDKの郊外の中古マンションを購入しました。由紀さんには、父親が亡くなったときに相続した1000万円の現金があり、それには手を付けず大切に預金していました。マンションの購入にあたり、そのお金を全額頭金に入れます。

その代わり、残りの1500万円は、信也さんの名義でローンを組んだそうです。信也さんはすでに50歳近かったので、15年ローン。お金があったらその分趣味のバイクとお酒に使っていた信也さんにはまとまった貯金がなかったのでローンになりましたが、グラフィックデザイナーとしての収入は人並み以上にあったので、無理な金額ではありませんでした。

しかし、そのローンも折半、生活費も半分持ってほしいと信也さんは主張しました。

「私も正社員で働いていた頃は、ことを荒立てる気はなかったのですが……いやいや、私が入れたマンションの頭金は? なかったことになってるの? という感じで、最初はむっとしました。調子が悪いときくらい家計は俺に任せろっていってくれるのが夫なのでは? って」

由紀さんの気持ちはとても理解できます。頭金として独身時代からの預金を全額入れたのは、いざというときは夫が助けてくれると思ったからこそでしょう。

しかし、由紀さんは最終的にひとつの考えに突き当たったといいます。