ファン全員が日韓の過去の歴史を勉強する必要はないが……


小島: 1990年代半ばのことですが、私は大学のゼミ旅行で韓国を訪れたんです。釜山の大学生と、ソウルのいわゆるエリート大の学生たちと交流しました。それで韓国の若者の志の高さに衝撃を受けたんです。自分たち同世代の日本人学生は、当時いわゆるレジャーランド化した大学でろくに講義も受けずバイトと遊びばかりでしたが、韓国の学生は世の中に対して強い問題意識を持っていて、国の将来をどうするかを真剣に語っていました。ハンさんがおっしゃったように、歴史的、社会的な背景から、当時の韓国の若者は語らずにはいられなかったのですよね。中には、日本の植民地支配と戦争責任をどう考えるかと真剣に尋ねてくる学生もいました。でも恥ずかしいことに、私たち日本の学生は、答えられなかったんです。近現代史の教育を十分に受けておらず、そのようなことを考える機会すらなかった。打ち解けて若者同士のいろんな話もしましたが、韓国の学生たちの勤勉な姿勢に衝撃を受け、深い敬意を抱くと同時に、自分には全く見えていなかった現実が重く心に残りました。それもあって、今でもBTSやBLACKPINKなど、好きなアーティストの楽曲の日本語バージョンは聴いていないんです。

 

ハン:古くはキム・ヨンジャやチョー・ヨンピルの時代から日本では日本語歌詞で歌わないと受け入れられにくいという状況があって、それがK-POPにおいてもビジネスモデルとして確立していますからね。過去の歴史を思うと複雑な気持ちにもなりますが、今となっては割り切っているでしょう。

小島:確かに、日本語で歌うことにビジネス的なメリットがあることは分かるのですが、両国の歴史を踏まえると、彼らの尊厳を傷つけているような気もして……それに対して鈍感であってはいけないような気がするんです。

 

ハン:もしかすると、そのジレンマは日本のK-POPファンには宿命的について回るものかもしれませんね。K-POPを好きになって韓国のことを知れば知るほど、過去の歴史的経緯が見えてきますから。もともとその辺の教育が手薄なこともあるし昨今の嫌韓や排外主義、歴史否定的な風潮が一般化してしまっているなか、それは結構ショックなことだったりして、見ないふりをしたり、間違った方向に行ってしまう人もいる。一方でARMYをはじめ、勉強熱心なK-POPファンが多いのも知っています。この辺、よく聞かれることで言葉にするのが難しいのですが、過去の歴史まで知ったうえで楽しむべき、知らなければ楽しんではいけない、とまでは思いません。それでも全然いい。でもせっかくの出会いなのだからそれをきっかけに背景を知れば、楽しみ方も広がるし、また人生も豊かになるのは確か。あとまあそもそも知らなさすぎるので、知った方がいいとは思っていますが。これはK-POPファンに限らず。

小島:BTSが好きでも日韓の歴史を踏み込んで知ろうとしている人は日本には多くはないのかもしれませんね。むしろそういう歴史問題や政治的なこととは距離を置きたいという人も少なくないのではないかと思います。私はそれにはちょっと複雑な思いもあるのですが。

ハン:そうなんですか? 私の中でARMYは、よくも悪くも問題意識があって勉強熱心な印象なんですが。たとえば昨年、京都にオープンしたウトロ平和祈念館にうかがったところ、BTSをきっかけに歴史問題に関心を持った日本人のARMYが訪問してくれたと副館長が驚いていました。一昨年、ヘイトクライム放火事件が起きたところですね。拙共著の『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』のARMY読書会があったなんて話も聞きました。Twitterには、「#ARMYにおすすめしたい映画と本」というハッシュタグがあり、学びあっている様子がうかがえます。またARMYに限らず、私が教えている大学なんかでも、K-POPが好きな学生は日本と韓国の歴史やフェミズムにも興味があって、積極的に質問してくる学生が多い印象です。もちろん、一部かもしれませんが。

 

小島:おお、それはいいですね! 若い世代は特にそうなのかもしれませんね。そもそも私がBTSファンの初心者ながらこの連載をやろうと思ったのは、BTSを通じて世の中について考えることの楽しさをいろんな世代の人たちと共有したかったからなんです。私自身、10代の子どもを育てる親としては、コロナ禍で閉塞感が漂う中で、RMが国連で語った「コロナ禍でさまざまな制約を受けながら生きる今の若者は多くのものを失った世代のように言われるが、その中で新たな形のつながりを見つけて新しい時代を迎えるウェルカムジェネレーションでもあるのです」という話に希望を抱いたんですね。BTSは、人種的・言語的マイノリティが、白人と英語話者が圧倒的なマジョリティを占めるアメリカの音楽業界で成功する姿を世界に示しましたが、それは決して「白人と英語圏に認められた」からすごいのではなく、従来の強固な価値観を相対化して、多様化した時代の新たな価値を身をもって示したから尊敬されているわけですよね。その姿は英語圏で子育てをしている私も含めた多くのマイノリティに希望の道筋を見せてくれたような気がしたんです。一方で、そのような大きな意味づけを持つ象徴とみなすことへの罪悪感も抱いているわけですが……。

ハン:そこは仕方ないですよ。アイドルやアーティストって、その時代に応じたファンの夢や希望を託される存在なんだと思います。BTSはそこが上手くかみ合った事例なんだと。かみ合いすぎて、いろんな意味で大きくなりすぎたところもあるかもしれませんが……。でも、ファンに必要とされることはアイドルにとってもポジティブなこと。ただし、生身の人間がそれを永遠に続けることは難しいかもしれない、という。