若い人の感性に委ねる、預けるという意識でいいと思っている

 

ーー作品の中で、かつて津軽塗の名工だった清史郎の父親が言う「やり続けること」という台詞がすごく刺さりました。小林さんも「俺の事情で」役者を続けて50年以上が経ちますが、軸みたいなものはあったのでしょうか?

いやあ、軸なんて、どんな名優と言われてる人も多分ないと思いますよ。

 

ーー役者を辞めようと思ったことはありますか?

具体的にはないと思います。それこそ何も定まってない20代のときには、インタビューでよく「もっと興味のあることができたら辞めてもいいと思ってやってます」という言い方をしてましたね。辞めようと思っているわけじゃないんだけど、それくらいの心持ちの方が当時はよかったんでしょうね。これまでを振り返ったときに、何かを継続させようとか、役者を続けるためにやってきたというのは僕は全くないタイプです。「何か」があって役者をずっとやってきたということはあると思うけど、こうありたいからとか、こうしなければというものは全くなくて。「こういうふうにしかならざるを得なかったんですよ、すいませんね(笑)」みたいなことだと思います。

ーーその「何か」がさっきおっしゃった「俺の事情」だと思うんです。それは「好きだから」といったシンプルなものだったりするのでしょうか?

じゃないでしょうか? (役者が)自分に合ってる、みたいなことなんでしょうね。多分若い頃は、他に道がなかったような生き方をしていたから、たまたま芝居というものが見つかって、「ここだったらやれそうだな」といった気持ちだけだったんじゃないですか。だから続いたということもあるんだろうなとは思います。

ーーいくら好きでも、合わないことってありますしね。

そうですね。我々の時(1970〜80年代)の劇団(状況劇場)の先輩を見ると、暗黒舞踏に行った人もいれば、人形作りに行った人もいる。もともとそういうセンスの人が、たまたま役者をやった時期があったということなんですよ。自分も含めてほとんどが(芝居の)素人なので、ちゃんとした俳優の養成所を通ってきたタイプは誰もいないんです。だから「俺たちは基礎がないんだ」って後輩によく言いますよ。アカデミックな教育を受けたわけでもないし、自らそういうものを探したわけでもないから、根っこがない。自分らの指標もなかったし、行き当たりばったり生きてきた結果なんです。

ーーそして50年のキャリアを築いてきたわけです。『バカ塗りの娘』の鶴岡慧子監督(34歳)もそうですが、20代、30代の監督の作品に参加することも珍しくないと思います。現場に入ったらベテラン俳優として頼られませんか? 

ないんですよ。逆に言うと、若い人の感性に委ねるというか、預けるという意識でいいと思っています。言ってみたら「あなたが指名したんだから、それをやりましょう」ということですよね。「ここ、どうなんですかね?」みたいな現場でのやり取りはあるんだけど、基本的には委ねています。その上で自分なりには、作品に入ったらひたむきにやっていこうと思っています。

 

「ベテラン」とか言われる年なんですけど、自分はそういうふうになりたくないんで。なんていうか、「ベテラン」というのは年齢的なことで言われてるだけで、中身がないんですよ。なんなら若い人の演技の方がよかったりするわけですし。演技って正解がないですからね。だから、自分がその作品に入ったら自分の思うままに、むしろ大した力量もないんだからただひたむきにやりますという意識です。自分が若いときもただひたむきにやっていたんだから、年をとってもそういう気持ちでやった方がいいなと思っています。ベテランという言われ方をしても不安なときもありますし。

ーー小林さんでも不安になるんですね……!

うまくいかないこともありますし、若い人たちの方が才能があるなと思うときもあります。それはそれでいいと思うし。俺に才能がなくてもいいやと思うよね、ここまで続いたら(笑)。
 

小林 薫 Kaoru Kobayashi
1951年生まれ、京都府出身。唐十郎主宰の「状況劇団」を経て、77年に『はなれ瞽女おりん』(篠田正浩監督)で映画デビュー。代表作は、映画『それから』(88年/森田芳光監督)、『秘密』(99年/滝田洋二郎監督)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07年/松岡錠司監督)、テレビドラマ「ナニワ金融道」シリーズ、「Dr.コトー診療所」シリーズ(いずれもフジテレビ系)、「フィクサー」(WOWOW)、「THE DAYS」(Netflix)ほか多数。主演を務めた「深夜食堂」(TBS系)シリーズは15年、16年に劇場版も公開。近年の映画出演作に『Dr.コトー診療所』(22年/中江功監督)、『とべない風船』(23年/宮川博至監督)、『仕掛人・藤枝梅安一、二』(23年/河毛俊作監督) 、『君たちはどう生きるか』(23年/宮崎駿監督)がある。公開待機作品に『首』(23年/北野武監督)がある。
 

<作品紹介>
『バカ塗りの娘』

出演:堀田真由/坂東龍汰 宮田俊哉 片岡礼子 酒向 芳 松金よね子 篠井英介 鈴木正幸
ジョナゴールド 王林/木野 花 坂本長利/小林 薫
監督:鶴岡慧子
脚本:鶴岡慧子 小嶋健作
原作:髙森美由紀「ジャパン・ディグニティ」(産業編集センター刊)
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
9月1日(金)シネスイッチ銀座ほか全国公開
青森県絶賛公開中

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会


撮影/中垣美沙
取材・文/須永貴子
構成/山崎 恵