美化された医師の描き方は、ある種の歪み。


1話目から、かなり踏み込んだ内容で、SNSでも「医療マンガもここまで来たか……リアル」「ついにこのネタに手をつける漫画が現れたか」などと注目を集めることに。中には“高齢者医療削減プロパガンダ漫画”ととらえる人もいるようですが、原作者の灰吹ジジさんはそのことをはっきりと否定します。

「そうとらえられるのには、たいそう辟易しています。作中では医師の高野が高齢者を切り捨てる旨の発言をしているので、内心それに賛同する方もいるのでしょう。しかし高野がその言葉を口にする資格があるのは、無為となった延命措置の後悔も、死を告知する苦渋も、その間にある葛藤も、その全ての辛酸を嘗めた末にたどり着いた信念だからこそだと考えています。自分と関わりがなかったり、目の前にいなかったりする人間を切り捨てろと叫ぶことはたやすいこと。しかし、その相手は目の前で病に苦しむ老人や、あるいはときにそれは肉親かもしれません。そんな彼らを目の前に、それを告げる覚悟はあるのでしょうか? 主人公の赤城はいずれ何らかの結論を出すにせよ、それは医療現場にある苦悩を全て味わった末に至るものであってほしいと思っています」(灰吹さん、以下同)

 

そもそも、灰吹さんはなぜこのような攻めた医療マンガの原作を描こうと思ったのでしょうか?

「最初にあった企画は、医療版の『グラゼニ』(※編集部注:プロ野球の中継ぎ投手の視点で、世界主義であるプロ野球界のカネの問題にフォーカスし、シビアな世界を浮き彫りにした作品)のようなものでした。もともと私はあまり医療マンガが好きではありません。多くの医療マンガの根底にシンプルすぎる勧善懲悪があるように思えるからです。そこでは病魔という異論の余地のない悪があり、それを調伏する医療者は明確な善となります。そのシンプルさゆえに爽快感はありますが、まず原作者としては作っていて面白みに欠けます。また、実在する病気をマンガの中で奇跡のように治すことは無責任に思えますし、医者をヒーローとして描きすぎることへの違和感がありました。医者は全国に30万人、医療従事者は300万人も存在するごくありふれた職業。それが医療マンガというジャンルの中で繰り返し美化され続けることは、ある種の歪みではないかと危惧していました。それゆえひねくれ者の私は、ここでひとつ下世話な医療マンガを描いてやろうと決意したのです。白衣のヒーローや天使だって、カネをもらって働いている連中だよと、そうあえて露骨に描くことでマンガ業界が蓄えた歪みを少しでも解消できたらと願ったのです」

 

「いつか患者になる全ての人々に」


そう思ってプロットを考えたものの、医療版『グラゼニ』にはならなかったという灰吹さん。なぜなら、プロ野球界と違って、病院には“ゼニ”が埋まっていないことに気づいたから。そこには総合病院の3割以上は赤字で、採算が取れている病院でも、多くは人間ドックなどの保健医療以外の業務でやっと補填をしている現状があったといいます。

「医師や看護師は、人並みより少し良い程度の給与で働き、そしてその金額には見合わぬ責務と重労働を負い、私生活を犠牲にしています。さらに危機的に思えたのは、医療従事者自身がその労働環境や金銭面をほとんど問題視していないように見受けられたことです。とても高潔な態度ではありますが、ある意味で『労働者としての自覚に欠ける』とも言えました。だからこそ私は、彼らをもうこれ以上ヒーローとして描かないことを決めました。研修医の赤城は、本作の主人公ですから、ある程度は活躍します。しかしながらそれは彼がスーパードクターや凄腕のヒーローだからではなく、医療現場で悩み苦しむ一個人であり、誠実な人間性ゆえに結果を出すのだと、そう描きたいと思っています。つまり本作は医療者をヒーローから引きずり下ろすための物語です。彼らは一人一人がごく普通の労働者であり、かつ、世界保健機関(WHO)が世界一と断言した日本の保険医療制度を支えている犠牲者です。医師や看護師が自身はただ金のために働いているだけだと、そう堂々と口に出来る。その方がより健全ではないでしょうか」

高潔なスーパードクターの勧善懲悪ぶりに慣れた読者にとっては、ショッキングな内容でもある本作ですが、そこには灰吹さんの強い思いが隠されていました。誰もが平等に歳を取り、老いていきます。しかし、近い将来に、日本が世界に誇る国民皆保険が維持されているとは限りません。単行本1巻の帯にも「いつか患者になる全ての人々に贈る、リアル医療サバイバル」と記されています。

「このフレーズはもともと、私が担当編集との打ち合わせの中で口にした言葉が元もなっています。我々現代人は、特に宗教観の薄い日本人は“メメント・モリ”(『死を想え』という意味のラテン語)が足りていないように思えます。しかし、“患者”と呼ばれず生涯を終える人はほとんどいません。いつかは自身も関わる病院と医療、その世界に少しでも触れて心構えをしておくことはどちらの立場にとっても良い影響をもたらすのではないでしょうか。逆に医療関係者の方は読まないでいただいて大丈夫です。今日も職場でウンザリなさっていることでしょう。わざわざマンガの中でまでもう一度ウンザリなさる必要はございません。もっと楽しくて明るい物語を読んでリフレッシュなさってください!」

 

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『王の病室』
原作・灰吹ジジ 漫画・中西淳 講談社

豪奢な家に高級外車。絵に描いたような勝ち組を夢見る男がいた。赤城誠一。不採算経営で"病院潰し"と呼ばれた父を持つ彼は、父を反面教師に「ラクで稼げるクリニック医」を志す。しかし、研修医となった赤城を待っていたのは、責任に釣り合わぬ報酬と、善意が裏目にでる不都合な現実だった。高齢化と共に医療大国ニッポンの崩壊は進む。それでも、現場の医師は目の前の命を救うしかない。金と情が渦巻く医療サバイバル開幕!

 
 
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