「顔を忘れない」
「松本さん、今日は本当に素晴らしい働きだった……! どうやって白川さまを見つけたの?」
白川さまを近隣の病院に送りだし、那覇への連絡などを済ませたあと、私は松本さんを最大限に労った。
「午前中、すれ違ったんです。1回目は朝ごはん休憩の前でしたから8時くらい。そのあと9時と10時過ぎにも。3度、いつも全然違う場所を歩いていました。そんなに長い間、ゲートエリアのコンコースをずっと歩いているなんて不思議だなって」
「すれ違ったの? 私、一緒に歩いていたのに全然気が付かなかった、しかもどうしてそれだけで白川さまだとわかったの?」
「わかってはいないです。でも、この広い空港で、ほとんど両端のゲートにいたから、そんなの変じゃないですか。私、ひとの顔を覚えるの得意なんです」
私はますますびっくりして、松本さんの顔を見た。今日の空港はごった返している。午前中だけで数千人のお客様とすれ違っているはず。正直に言って、3度すれ違ったからと言って、よほど印象的なことがない限りは覚えていない。長年ここで勤めているプロだけれど、おそらくそんなことは誰にもできないはずだ。
「先輩方はプロだから、完璧な仕事をすることに慣れて先入観があったんですよ。私、ミスばっかりだからわかるんです。結構、現場って絶対起っちゃいけないことも起るんですよ~。CAになりたくて、ホテルで4年間裏方のバイトをしてたんで。けっこうやばいとこ、いろいろありましたから」
私は、ケロっと言ってのける後輩を感心のまなざしで見た。
白川さまは点呼のあと、いざ搭乗と並んでいるとき、ひとりでするりとトイレに行ってしまったらしい。そのときグランドスタッフが優先搭乗をサポートするために、引率スタッフから搭乗券を全員分預かり、ゲートを通した。引率の「間違いなく全員います」を鵜呑みにしたために白川さまはシステム上搭乗したことになってしまったという。
出発後、ゲートに戻ってきた白川さまは、大好きな仲間もスタッフもいないことに気が付き、しかしその特性からSOSを出すことができず、自分が知っているメンバーを探して、なんと4時間以上、ずっとコンコースをさまよい歩いた。もしもどこかの搭乗口でずっと座っていたならば、ベテランのスタッフが気付き、声をかけたかもしれない。しかし歩き回っていると、今日みたいに混雑した日はよほどのことがない限り気が付くのは難しい。
松本さんの特技が、白川さまを救ったのだ。
「すごいわ、松本さん。脱帽よ。お客さまのこと、よく見てるのね」
私は心から素直にそう言った。
「恐れいりまあす」
松本さんは、ぴかぴかの笑顔で答える。7センチヒールのパンプスなのに全力ダッシュして、短い休み時間を使って、白川さまを探しに行ったんだろう。
CA志望だろうがなんだろうか、今は彼女なりのベストを尽くしてるんだ、きっと。少し誤解されやすいけれど。接客が好きなんだよね。
OJTの先生として私は心の中で合格スタンプを押した。
明日からは、教官と生徒じゃなくて、私たちは同僚になる。
年末の大掃除の最中、まさかの場所に閉じ込められて!?
構成/山本理沙
1