遭遇


「乾燥機、使ってもいいですか?」

僕が地下のランドリールームをのぞいていると、女の人が後ろから話しかけてきた。振り返ると、白いセーターにデニムをはき、ポニーテールにした20代くらいの女性が立っている。足元がピンクの靴下にサンダルだから、住人に違いない。

「あ、もちろんです! あのう、ここにお住まいですか? 僕、じつは物件を探していて、今不動産屋さんに連れてきていただいたんです。……このマンション、住み心地、いかがですか?」

不躾だとは思った。でも、こんなチャンスはない。それに見たところ、不動産屋さんのおじさんが言うように「いわくありげ」な方には見えない。ごく普通のOLさんかなにかに見えた。

「ここは、静かで、とてもいいですよ」

 

彼女はそう言うと、1台だけある洗濯機に近寄り、紙袋から花柄のタオルやパジャマのようなものを出して、スイッチを押した。

「入院中は、洗濯物が多くて」

そう言ってほほ笑むと彼女は洗濯室に置いてあるそっけないパイプ椅子に座って、誰かがおいていった週刊誌を読み始めた。ご家族の誰かが入院していて、お世話をしているということだろう。僕も亡くなった父の洗濯物を、毎日のように病院に引き取りにいっていたことを思い出す。

「洗濯室、便利ですよねきっと。駐車場も屋根があるし、鉄筋だし、家賃は破格……」

住人の方も、思ったよりずっとまともそうじゃないか。と言ってもまだ1人しかあってないけれども。少なくとも、夕方、この薄気味悪い地下の洗濯室に彼女のような若い女性が無防備にサンダルでやってくるのだから、案外住民は気にせず快適に暮らしているに違いない。

「もしかしてここに引っ越してくるかもしれません。その時はよろしくお願いいたします」

僕が洗濯室を出るときにそう言って会釈をすると、女の人は微笑んだ。

「待ってますね」

彼女の左手の薬指には、指輪はない。もちろんそれだけじゃ独身とも言えないけれど、僕は確かにちょっとだけ浮かれて、そこを後にした。

ロビーに上がると、ちょうど不動産屋さんのおじさんが玄関から入ってきた。

「おじさん、ここ、悪くないですね! 最後にちょっとマンションのまわり、歩いてくるんで5分だけください! そしたらそのあとお店に戻って、契約します」

僕は新生活をイメージするために、ショッピングモールのほうに早足で歩いていく。