言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
 
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
 
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。

これまでの話
大手外資系メーカー勤務の瑤子(43)は、ひそかに妹の春奈と姪の英梨花を養いつつ、8歳歳下の恋人・彰人との仲も順調。しかしある日、初期の乳がんが発覚。なんとか周囲に言わずに治療しようと考えるが、彰人にバレてしまい……?
 


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第3話 瑤子の話【後編】


「鶴見先生……あの、できれば家族や会社にがんだとは言わずに済ませたいんです。なんとかなりませんか?」

彰人にiPadの病院や乳がん治療の検索履歴を見られてしまった。今夜はなかば強引に会う約束をさせられている。その前に、少しでも医者に今後のことを聞いておきたかった。

担当の鶴見は、瑤子と同い年の女医だが、まるでダメな妹を見るような目でじろりとこちらを見た。

「一条さん。いくら初期だからって、腫瘍をとってはい終わりとはいきません。ホルモン療法を年単位で行いますし、手術のあとには局所療法として放射線を使うこともあります。

その場合、最初は集中的な治療ですから出勤だって多少は影響が出るかもしれません。会社やご家族に黙って、というのは現実的ではありませんね」

「ホルモンに放射線……。あの、手術も含めて1週間も休めば大丈夫、というわけには……」

「いきません」

食い気味に断言され、瑤子はがっくりうなだれた。こういう知識がないうえに体力だけは自信があったので、自分の中だけで都合よくストーリーを描いていた。

どうやら事態はもっと大ごとらしい。

しゅんとなった瑤子に、鶴見は表情を緩め、諭すように話しかけた。

「一条さん、さきほど申し上げたように、これほど初期で見つかるのはとても幸運です。

大丈夫、周囲の助けも借りて、治療に集中してはいかがですか。もちろん、手術がうまくいって、バリバリ働きながら放射線療法に通っている方もたくさんいます。

まずは治療最優先で計画を立ててください。次回はご家族にも一緒に説明しましょう。手術をどこでするかは、そのあと決めていいですよ」

しかし瑤子は、うまくうなずくことができなかった。

まだまだ問題は山積みだ。とくに今夜、それが問題なのだ。