爆弾発言


「びっくりした。本当に久しぶりだね。……元気にしてた?」

佐奈は、ふんわりと優しく笑うと、膝の上に店のブランケットを乗せた。

二人が学生の頃、よく通ったオープンテラスのカフェバー。ばったり会ったのがその前だったのも、不思議なめぐりあわせだ。

外の席には僕たちしかいなくて都合が良かった。ストーブが足元でたかれていて意外に暖かったし、とはいえ冬だ、長居しない口実になる。

「うん、こっちはなんとかやってる。佐奈は……結婚したんだよね、おめでとう」

「へへ、もう5年も前だけどね。蓮人も。おめでとう。奥様、会社の人だって人づてにきいたよ」

佐奈の指には、結婚指輪がなかったから、順調そうでちょっとホッとした。佐奈の夫は名の通った建築家の三橋陽太。僕と佐奈が別れる直接の原因になった男だ。

お互いの近況をぽつぽつと話しながら、その「盛り上がらない」雰囲気に、僕は次第に焦りを感じていた。

まずい。

予想以上に、僕たちの間にある空気はあの頃のままだった。

22歳から7年間、本気で心を寄せた付き合いは大きい。形状記憶した金属のように、僕たちはあの頃の呼吸を再現してしまう。

人生で一番、激しく恋をした人だ。目の前にして、湧き上がりそうになる「何か」を僕は抑え込んだ。

フラれた痛みも、今では大方癒えている。あとには佐奈の幸せを願う気持ちが、少しの感傷とともに残されているだけ。僕はそう言い聞かせた。

これ以上、二人きりで話すのは望ましくないだろう。

「そういえば金曜の夜なのに、こんなところに一人でいていいの。懐かしくて引き留めてしまってごめん、もう9時近い」

小一時間近況報告をしたところで、僕は切り上げようと水を向けた。

「いいのよ、ちょうどそこらへんのお店で夕飯済ませちゃおうって思ってたの。夫は、軽井沢に住んでいるのよ」

「かるいざわ?」

僕は思わずその単語を反復した。軽井沢?

「数年前に、彼が大きなプロジェクトで屋敷を設計してね。今はそこを建築事務所にして、自分で住んでいるの。週末婚、というか別居、というべきか」

佐奈はホットワインが入ったカップを両の掌でつつみ、大事そうに唇を寄せた。

体温が、少し、上がるのを自覚した。

「こんな夜は、蓮人と結婚しなかったこと、後悔しちゃうね」

 

 

タクシーで佐奈を送り、きっちりと麻布十番駅近くで下ろしたあと、僕は古川橋のあたりで降りると運転手に頼んだ。

三田と十番は、目と鼻の先。佐奈がこれほど近くに住んでいることに、大いに動揺していた。

佐奈は、なんとなくこういう賑やかで便利な場所にはいないと思っていた。別居するにあたり、夫の三橋氏が十番のマンションを借りてくれたのだという。

―― 佐奈のこと、ぜんぜんわかってないな。

別居ときいて、蚊帳の外とわかっていても、会ったこともない三橋陽太に腹が立った。

佐奈はもう少し便利だけど落ち着いたところ……代々木上原や東横線沿線のようなエリアが好みのはず。自分の都合で軽井沢に移住しておいて、佐奈にもっとしてやれることがあるはずなのに。

佐奈はあんなに淋しそうだったのだから。

僕はそこまで考えて、ハッと我に返った。

僕が口を出すことじゃない。

だいたい僕だって佐奈のことを何度か致命的に傷つけてしまった。苦い記憶が、僕の頭をもたげてきた。