「バーで意気投合した人がいるから、今夜は飲み明かすってさ」

「じゃあ結局、泊まらないの⁉」

「うん、でも明け方には来るつもりみたい。少し寝かせてほしいって」

既に零時近く、なかなかやってこない女友達を案じていたら、まさかの展開だった。

「明日のランチは予定通り一緒に食べよう。彼女も愛莉に会えるの、楽しみにしてるから」

――全部、一人相撲だったのか……

知らず知らずのうちに気が張り詰めていたようで、肩の力を抜いた途端、疲労感が濁流のように押し寄せてきた。

「待ちくたびれちゃったよね。もう寝ようか」

「その前にこの前の曲、聴いてもいいかな」

レコード棚から「パリの空の下」を引っ張り出す。棚は古びた観音扉のまま、先日買った材料は近くに立てかけられていた。

「いつブリコラージュするの?」

「いつでもいいよ」

「え、一緒にやるの?」

「違うの⁉ 乗り気だったから、てっきり……」

顔を見合わせて、お互いちょっと黙る。「私もいつでもいいよ」と返すと、ギヨームは安堵したように口元をゆるめた。

「愛莉はシャンソンも好きなんだね」

「好きって言えるほど、知らないけど」

「知識がなきゃ好き嫌いを語れないわけじゃないよ」

その言葉に、レコードをかけようとしていた手が止まる。

好きだから、好き。

理屈抜きのシンプルな感情に、もっと素直になってもいいのかもしれない。

「修論テーマの60年代だと、どんな有名な映画シャンソンがあるの?」

「そうだなぁ、『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』なんてまさにミュージカルだし、『太陽がいっぱい』でギターを爪弾いて歌うマリー・ラフォレも印象的だけど……」

――そういえば、当時のパリを舞台にした映画だと、シャンソンはどう使われてるだろう?

ピコン! と頭のなかで音がした。

映画のなかの、パリとシャンソン。

「……おもしろいかもしれない」

つい独り言ちる。改めて勉強する必要はあるけれど、学ぶために来たのだ。行き詰まっていた修論に、一筋の光が差した気がした。

「なに? 突然ニヤついて」

「ギヨームに会えると、いろんなことが回り出すなって」

 

レコードに静かに針を落とす。奏で出したレコードから顔を上げると、今度は私からギヨームの両手を引いた。

 

二人でゆらゆら揺れながら、眼を閉じる。

「……やきもち焼かれて、面倒くさいと思った?」

「束縛されるのは好きじゃないけど、気持ちを伝えてくれて嬉しかったよ。日本人はあまり愛情表現しないっていうけど、愛莉はクールだから、正直ちょっと寂しかったんだ」

「私はフランスって『ジュテーム』の国だと思ってたから、ギヨームに言われたことなくて不安だった」

「フランス人にとっても『ジュテーム』って言葉はそれなりに重いよ。出会ってすぐ使うような台詞じゃない。少なくとも僕にとっては」

――つまりまだ、私が好きか迷ってる?

鋭い針で、チクリと胸を一突きされたよう。喘ぐように眼を見開くと、ギヨームはあくまでも穏やかな笑みでまっすぐ私を見つめていた。

「全然違う文化で生きてきたから、お互い戸惑うこともたくさんあると思う。ひとつずつ教え合っていこうよ。なにが不安で、なにが嬉しいのか」

「……じゃあひとつ、質問していい?」