「冷静と情熱のあいだ」は失敗


「秋野様! ……あの、まだ3分あります」

咲月は、責任者ブースから飛び出して、思わず秋野のそばに駆け寄った。

「いや、もう来ませんよ。そもそも来るならば電話してきます。わかってたんですけど、『冷静と情熱のあいだ』みたいな展開を期待してしまいました。だけど、そういうところなんですよね。現実を見てる彼女は、いつまでも夢見がちな僕に見切りをつけたんだ」

 

咲月は、何か言葉をかけたかったが、周りのスタッフの視線がそれを許さなかった。

「お客様、ご協力に心から感謝いたします! 咲月さん、この2名様分、キャンセルさせていただきましょう! 予約数10で、空席5席が7席になれば、あと2分、乗り切れるかもですよ!」

「あ、ああ、そうね、予約を落としましょう」

伊丹の最終便、オーバーブックのハンドリングは、1週間のクライマックスとも言えるポイントだ。カウンターのスタッフ全員が、無事に飛行機を飛ばせるか、気にしている。咲月もすぐに切り替えて、夢中で手続きを再開した。

「伊丹最終便、締切時刻です! ご希望のお客様、全員チェックイン完了! すぐに搭乗口に誘導してください!」

オーバーブックしているフライトを、満席で、しかも振替を頼むことなく飛ばせるのは爽快な瞬間だ。このために、夕方から、早く空港に来た旅客に早い便を勧めて全員で地道に調整をしてきた。

――良かった! それもこれも秋野様のおかげだわ、そうよ、御礼と……。

咲月はカウンターからロビーに飛び出したが、そこにはもう秋野の姿はなかった。

 


遅れてきた乗客


「それじゃあ、秋野様は別れた彼女にプロポーズしようとして1日中空港にいたけど、ついに最終便まで彼女は現れなかったっていうことですか? か、可哀想……やけになってチケット、捨てたりしてないといいけど」

「そうね、チケット、払い戻ししようとしたらもういなくなってて……変更自在の高いチケット2枚だからね……」

咲月は優子と小さな声で会話しながら、少しずつ終業準備に取り掛かっていた。伊丹や札幌、沖縄行きが次々と飛び立ち、残りは21時の関西空港行きを残すのみ。出発ロビーは1日の狂騒が嘘のようにがらんとしている。

――秋野様の彼女さん……あんなに真面目そうな秋野様にヨリを戻そうって言われても、もう1度信じることはできないものなのかな……もうほかにいい人ができちゃったとか? あるいはもしかして、私みたいに。

咲月は、胸がつまるような痛みを自覚した。自分のように。もしかして、いつまでも結婚しようと言われない年月に負けて、段々と心が冷えてしまったのだとしたら。その結果、素直に気持ちを受け取れないようになって――。

「すみません……大阪行きの最終便は何時ですか?」

その時、いつの間にかカウンターの前に立っていた女性に話しかけられた咲月は、ハッとして息をのんだ。