母のミッション発動
「真凛、けっこう風があるけど、寒くない? ひざ掛け借りてこようか?」
光輝は真凛に合わせてフィンガーフードとノンアルコールドリンクを飲みながら、身重の彼女を気遣う。早穂子は、そういうところを誇らしく思うと同時に、ほとんどこちらを見ようともしない光輝の様子にちくりと胸が痛んだ。小さい頃から優しい子で、10年前も20年前も、ここに花火を見に来たときは早穂子に甘えたりはしゃいだり、いつだってこちらだけを見ていたのに。
「真凛さんと光輝は、普段はどんなところにお出かけしているの? 光輝はゴルフが得意だけど、一緒に回るのかしら? それとも美術館やコンサートに?」
軽くジャブ。とにかく二人の違いを浮き彫りにしていく作戦だ。姑息極まりないが、光輝は恋に浮かれてそういうことに気づいていないに違いない。
「ゴルフですかー、やったことないですねえ。なんだろ、休みの日はけっこう部屋でまったりしてますかね。マンガよんだりとか、NETFLIX見ながら二人でゴハンつくったりとか」
「マンガ!? 休日デートで? それは……ご免なさいね」
デートと言えば自宅前にマイカーで迎えに来てくれて、ドライブしてから美味しいレストラン、というのが早穂子のイメージである。しかしそもそもよく考えてみれば光輝は車を持っていない。自慢の息子のエスコートがマンガとは、育てた身として肩身が狭い。
「え、なんでおかーさんが謝るの? 全然、まったりデート最高ですよ。お金もかかんないし」
早穂子はまじまじと真凛を見た。最近の20代の若者とはこういうものなのだろうか。それとも真凛が質素なのか。
質素が悪いわけではない。でも早穂子は、特に若い時にはお金をかけ、背伸びをしてこそ味わえる楽しみがあるような気がする。そういうふうに光輝を育ててきたつもりだ。しかしどうだろう、光輝は真凛の言葉にうんうん、と笑顔で頷いていて、まったく異論も反省もなさそうだ。
――こ、この調子だと、子育てもコスパ重視って言いだすのでは!?
早穂子は、1人でシャンパンをちびちび飲みながら、楽しそうな二人の様子を観察する。どうにも1人では分が悪い。当初は、二人の違いをあぶりだし、今夜一気に光輝に「育ちが違うのではないか。だいたい本当に光輝の子なのか」と詰め寄るつもりだった。しかし、実際に仲睦まじい二人の様子を見ていると、そんなことは言い出せそうもない。
しかし、早穂子もここで退くわけにはいかなかった。せめて結婚を阻止できないとしても、光輝と結婚するならばそれなりの覚悟をしてもらわなくては。もうすぐ生まれてくる孫のためにも、そこははっきりしなくてはならない。
「ねえ、赤ちゃんはまだ性別は分からないって言ってたわよね? もし女の子だったらば、私の母校がいいと思うのよ。男の子だったら、光輝が通った学校もいいわね。産まれたらすぐに桜川先生のお教室にご挨拶に行かないと。光輝も通ってたから先生のこと覚えてるわよね? 最近ではご高齢で、ほんの少しのご家庭しか教えないみたい。今のうちから一度、ご挨拶に行ったほうがいいかもしれないわね」
おそらく、真凛は小学校受験を子どもにさせようなんて考えたこともないはずだ。しかし、このあたりで子育てをするならば、むしろ小学校、すくなくとも中学校受験は普通のこと。そこらへんはイチから勉強してもらわなくてはならない。
しかし真凛が口を開く前に、光輝が思いもよらないことを言い出した。
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