「人」の物語に触れると、食べ物がより美味しく愛しく感じる


——『ヒツジメシ』は、グルメ雑誌『おとなの週末』で約8年も続けてきた連載がベースとなっている1冊ですよね。俳優として次々と話題作に作品に出演しながら連載の執筆をするのは大変だったはずですが、吉田さんにとってどんなやりがいがある仕事だったのでしょうか?

吉田羊さん(以下、吉田):自分の食べた美味しい食べ物を言語化するために試行錯誤する作業が、どこか芝居の仕事にも通じるものがあると思っていました。俳優も台本からインスピレーションを受け取り、自分なりの表現を模索しながらアウトプットする仕事ですから。そこが難しいところなのですが、文章を書いていて絶妙な言葉が浮かんだ瞬間はやはり嬉しいんですよね。頭の中で漠然としていた感覚や感動が整理されて、自分がアップデートされたような気持ちになるんです。その楽しさにハマってしまったからこそ、これまでにいろんなことを途中で投げ出してきた私が8年も連載を続けることができたのだと思います(笑)。

 

——書籍化するために8年分の記事を読み返したと思いますが、ご自身の変化を感じた部分はありますか?

吉田:ひとつ気づいたのは、自分でも筆が乗っていると感じた回は、料理に関わる“人”の物語に触れたときだったんですね。作る人の熱意、レシピが生まれた背景にあるドラマ、食材を育てる生産者さんのこだわり、そういった“人”が生み出す感動に突き動かされて連載を続けてきたのだと思いました。その影響で、近年は取材とは関係ないシーンでも、料理の向こう側にいる人たちに思いを馳せるようになりました。どんな人たちによって、どんな思いで作られたのかを考えると、目の前の食べ物がより美味しく、愛しく感じるんです。

 

——そもそも俳優はストイックな体型管理が求められそうな仕事ですが、食べる仕事を続けることに不都合はなかったのでしょうか?

吉田:これまで痩せ細る役づくりがマストな役柄に出会ったことがないので、過酷な食事制限はやったことがないんです。ただ、書籍にも収録されていますが、自分に合った体調管理のスタイルを模索する過程で、糖質制限やビーガン料理にハマっていた時期があるんです。でも、それをやると、連載で書けるネタがすごく狭まってしまうことに気づいて(笑)。せっかく書くなら幅広い読者の方々に興味を持っていただきやすい内容にしたいですし、『ヒツジメシ』の取材に関しては制限を設けずに美味しい料理を楽しむスタイルに切り替えました。その代わり、夕食で食欲を開放させた翌日は食事量を減らすなど、足し引きの調整を工夫することでバランスを取っています。

——最近では、吉田さんが2024年放送のNHK大河ドラマ「光る君へ」に出演することが発表されましたよね。大河ドラマの出演も8年ぶり。紫式部が主人公の作品で藤原詮子(ふじわら の あきこ)を演じるそうですが、今はどんな意気込みを抱いていますか?

吉田:平安時代って、他の時代と比べると当時の状況を窺い知る資料が少ないんです。だからこそ、自由にキャラクター像を膨らませることができると捉えることもできます。そして脚本を手掛ける大石静さんは女性の陰ひなたを魅力的に描くことがお上手ですし、キャラクターたちの心模様が繊細に書き込まれているので、今の時代を生きる方々にも親近感を抱いていただけるようになっているんですよ。私も伸び伸びと藤原詮子さんを演じたいと思っています。ただ、ひとつだけ何点がありまして……。藤原家の名前は本当にややこしいです。道長、道隆、道兼、兼家……と、似ている名前がたくさん出てくるので、台本を読むのが難しくて(笑)。実力派の俳優さんが揃っていますし、映像では違いが分かりやすいのでご安心ください。

——8年前の吉田さんも成熟した大人だったと思いますが、当時と比べて仕事へのアプローチが変わったところはありますか?

 

吉田:やっぱり食事との向き合い方は変わったと思います。昔は本当に自由気ままに食べていたのですが、年齢を重ねるなかで体質も変わってきましたし、奔放な生活をしていたらダメだということに気づきまして。「今日食べたものが5年後や10年後の自分の身体を左右する」と言い聞かせて、なるべく発酵食品や無農薬の野菜を選ぶようになりました。3〜4年前からランニングも始めたこともあって、なんなら最近は若い頃よりも健康なんじゃないかと思うほど。俳優として、どんなオファーをいただいても、年齢を言い訳に諦めたり躊躇することがないように、常にコンディションを整えておきたいと思っています。