寝る間を惜しんで働く理由


「おばあちゃん! 来たよ! 奈々子だよ~!」

つとめてハイテンションでベッドをのぞき込むと、おばあちゃんは目を開けてこちらをまじまじと見た。とくに表情に変化はない。だめだ、こりゃ今日も分かってない。

私はかまわずに丸い椅子を引っ張りだして、ベッドわきに座った。サイドテーブルには、いかにもぬるくてまずそうなお水が入った水差しが転がっている。

「おばあちゃん、ご無沙汰しちゃってごめんね。元気だった? 今日は美味しいいゼリー買ってきたからね。少し起き上がって食べてみる?」

私が箱を開けてゼリーを見せると、おばあちゃんは素直にこくんと頷いた。先生の話では、言語を司る脳の部分の血管が詰まって、言葉が不自由になったとのこと。それでも手足は動かすことができるのがなんとも幸いだ。

ベッドの上半身を電動で起こすと、私は冷えたゼリーを少しだけすくって、おばあちゃんの口に入れてあげた。ちゅるん、と意外に勢いよく食べてくれて、嬉しい。元気なころはとっても食べることが好きだったから、病院食にも飽きているんだろう。

「今日はねえ、バイトがひとつとんで、なくなったから来たんだよ。なかなか来られなくてごめんね。音大に行くお金、早く貯めたいからさ、もう週7で3つ仕事してるの。いくら奨学金借りるっていっても、受験するレベルまでにもっていくのにレッスン代とかかかるから、せめて200万円は貯めないとね~」

 

ご無沙汰してしまった罪悪感だろうか、それともやっぱりおばあちゃんだからか。おばあちゃんがしゃべらない代わりに、私は普段恥ずかしくて人には言っていないことを口にした。

そう、私がガムシャラに働いているのは、誰にも言っていないけれど理由があった。

 

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春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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